ドク(毒)書日記

………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 

 

●第100回●2007/10/23『ビッグイシュー 突破する人びと』稗田和博著/大月書店

 ご無沙汰でした。意外な人から「読んでますよ」などと言われると、自社の本が売れた時よりも嬉しかったりするのだが、雑事に追われるとついつい後回しになってしまう。2年半でようやく100回というスローペースだが、もう少し続けてみようか。

 さて、本書だが、読み終えて2カ月近くになるので、読後の感慨は薄れてしまったが、なかなかいい本だった。東京や大阪の人にはお馴染みだろうが、地方では目にすることない「ビッグイシュー日本版」。書店ではなく、路上でホームレスから買うことによって、彼らの自立を支援するという明確な目的の下に発行されている雑誌だ。彼らは1冊200円の雑誌を90円で仕入れ、販売によって110円のマージンを手にする。1991年にロンドンで誕生し、以後世界各地で創刊されているという。

《都会の繁華街や路上、公園で、街のいたるところを歩けば否応なく視界に入ってくるホームレスの人たち。私たちは、明らかに彼らが屋根のない場所で暮らしていることを知っていながら、さして感情の起伏をおぼえることなくスタスタと通りすぎる。(中略)フィクションであるはずの映画の主人公に感情移入して、感極まって映画館を出てきたにもかかわらず、道端で行き倒れに近い状態で丸くなっているホームレスには、感情を揺さぶられることがなかった》

 児童や若者から老人に至るまで、社会にはさまざまな問題が横たわっているが、その当事者も隣人も他人も見事に「分断」されている。グローバル化や格差社会によって、その断層はますます大きくなっているが、こうした現状に対して、ボランティアやチャリティーではなく、雑誌販売という「仕事」によって支援や関係づくりを実践しているわけだ。

 そして、この雑誌は読者ターゲットを「分断」の象徴でもある若者に据えている。編集長の水越氏は次のように言う。

《私たちの頃と今の若い世代が経験している社会とは、根本的に違います。今は社会の価値観などが大きく変化していて、若い人にとって生き方のモデルとなる大人も少ない。自分のライフスタイルを自分ひとりで試行錯誤しながら積みあげていかなければならないのは、本当に大変なことだと思います。だからこそ、若い人が社会のマイナス条件を少しでもプラスに変えていけるような、そんな記事を提供していきたいんです》

 そうだ、かつて「生き方のモデル」はいくらでもあった。モデルが成り立たないのも分断の成果だろうが。

 雑誌といえば、このほど地元のミニ雑誌「たぁくらたぁ」の編集から手を引いた。出版も当然、資本の論理に飲み込まれてしまうのだが、金芝河の言う「半商品化」には可能性を感じた。誰も利益を得ないNPO型の雑誌も良かろうと思ったのだが、背負うもの(負荷)がなく市場にも向き合っていないと、雑誌作りがサークル活動となり、はたまた自己満足の道楽になってしまう。半商品化も難しい。

 

 

●第99回●2007/9/5『ららら科学の子』矢作俊彦著/文春文庫

 久々に小説。普段、日本の小説をあまり読む気がしないのは、四畳半フォーク的なチマチマした世界が嫌いなためだが、そうではない作品は読んでみたいと思っている。この日記の97回に書いた金平氏の大プッシュにより購入。

 1968年、殺人未遂に問われた19才の男が中国へ密航。文化大革命のなか、ようやく電気が来た村で30年を過ごし、再び密航で舞い戻った日本で浦島太郎のように現在と過去を往還するという話。1998年の日本では携帯電話や女子高生、無国籍ビジネスなどが象徴的に登場する。

 学生運動やベトナム戦争が下敷きになっているので、やはり団塊世代にはグサリとくる内容かも知れない。この30年、自分は、あるいは日本人は何をやってきたのかが問われているのだとすれば、団塊オヤジ必読の書である。

《「金のためさ」

 「だから、その金は誰のために必要なんだ?」

 誰のためか、答えはなかった。》

 

 

●第98回●2007/9/1『北朝鮮へのエクソダス』テッサ・モーリス・スズキ著/朝日新聞社

 本書は1959年から本格化して1980年代まで断続的に続けられた北朝鮮への帰国事業を、赤十字国際委員会が解禁した文書をもとにひもといていく。

 太平洋戦争の終結時点で日本には200万以上の朝鮮人が住んでいたという。強制連行された人もいれば、職を求めて自ら移住した人もいる。1945年末から「計画送還」が実施され、100万人以上が朝鮮の南半部に帰ったが、朝鮮半島の政治的緊張の高まりと貧窮のために帰国は不可能となり、60万人以上が日本にとどまった。

 その後、1950年代からは在日朝鮮人組織である総連が住居や職を保障するとして北朝鮮への帰国キャンペーンを開始。日本政府は「人道的な理由から」出国を認めたが、朝鮮の南北分断と冷戦構造の中でこの帰国事業を指揮監督したのは赤十字国際委員会であった。自国への帰還は人権の観点から国際通念だが、朝鮮が分断されているため「本人の意思」の確認が重要視され、赤十字が意思確認と仲介にあたった。

 しかし、これは表向きの理由であって、赤十字にも日本にも北朝鮮にも政治的な思惑があった。入り混じる多くの思惑の中で、日本政府と赤十字の提携によるものが最も大きな起動力になったという。それは、「厄介払い」と「日本政府の人気取り」だという。

《破壊分子で社会福祉の重荷と思われた人たちをこの国から排除したい、と考えたのだ。しかし、時の経過のなかでもうひとつの関心がしだいに重みを増していった。すなわち、日本の政治が左と右に深く二極化していた時代に、帰国は両サイドをひとつにしてくれるものだった。選挙で票がとれたし、メディアにも一般大衆にも人気があった。岸政権にとって、外交政策問題――なかんずく、大きな論争を呼んだ日米安全保障条約改定――が重圧の度を強めていたとき、帰国は人気維持にきわめて役にたった》

 アメリカも、日本政府が帰国の問題を「国内の政治目的に利用している」と見ていたという。共産党にも社会党にも、スネには大きな傷があるだろう。しかし、当時、日本にはこの事業を一国で遂行する能力はなかった。これに実現の道を拓いたのは、北朝鮮の方針転換だった。

《北朝鮮が大量帰国に本気でコミットしたのは、結局は、国としての利己心の計算ずくだった。金日成政権が労働力を必要としていたこと、世界が瞠目するような経済発展を遂げるという壮大な夢、日本、韓国、アメリカ三者関係に横槍を入れたいという欲求、そしてグローバルな舞台でのプロパガンダ勝利への憧れ、そうしたすべてにとって帰国が得策だったからだった》

 安倍晋三は拉致問題によってのし上がってきたが、祖父の岸信介とともに一族で2度も北朝鮮を踏み台にしているわけだ。そして、この2つの悲劇は極めてアンバランスに記憶されようとしている。

《帰国の悲劇の責めを正確に誰にどう配分すべきかについては、議論は永遠に尽きないだろう。だが、今もっと大切なのは、その遺産としっかり対峙し、二度と同じようなことをおこさせないことだと思う。多くの力が一つになって帰国運動が形成された――もっとも顕著なのは、日本と北朝鮮の政府、両国の赤十字、総連、日本の野党とメディア、赤十字国際委員会、そして、ソビエト連邦とアメリカ合衆国の政府。このすべてが誤りを正す責任をともに負っている》

 

 

●第97回●2007/8/18『ホワイトハウスから徒歩5分』金平茂紀著/リトルモア

 忌野清志郎が「ロックンロールが大好きな奴らが大好きなカッコいいアメリカを最低のクソみたいなアメリカにしたのはいったい誰だ!」というオビ文を寄せている。

 気分としてはまったく同感。ブッシュが登場するはるか前にアメリカ音楽(ロックや黒人音楽)からラテン音楽へ、野球からサッカーへと転籍しているので、アメリカは興味の対象外なのだが、『二十三時的』以来5年ぶりの金平氏の著書なので迷わず購入した。

 9.11から半年後の2002年4月から2005年5月まで、TBSのワシントン特派員としてネットで配信していた日誌が主体。対テロ戦争の推移と、それを報じるメディアの劣化が主なテーマとなっている。近年のアメリカの実相は各所で言われている通りだが、1つだけ引用しよう。

 ブッシュ再選時の出口調査によると、有権者の最大の関心事は「モラルバリュー(道徳的価値観)」だったというが、対テロ戦争はモラルの判断から外されているという。ブッシュ再選の原動力の1つは「Security Mom(既婚で子どもがいて、我が子の安全を何よりも最優先するお母さんたち)」で、我が子可愛いさから思いっきり「保守」にぶれるという。偶然なのかどうか、我が国の8月15日の戦後特番にも戦闘的セキュリティー・ママが出演していた。

 現在の日本のメディアに関しては映画監督の是枝裕和との対談が面白い。事件報道における被害者への過度な擦り寄りについて金平氏は次のように言う。

 《結局、被害者に身を寄せて何かを語ろうとする。(中略)死者、被害者というのは、もうその人の非を僕らが問えないという意味で、いちばん強くて、伝える側はつねに強いものを撮りたい。強い側に寄り添いたい。いまのテレビ報道の現場はそういう構図ですね。生臭い言い方をすれば、テレビの世界で強いものというのは視聴率につながりますからね》

 

 

●第96回●2007/8/17『ネットで人生、変わりましたか』岡田有花・ITmedia News著/ソフトバンク クリエイティブ

 農業を営む岩手の実家へUターンして、農業体験受け入れや農産物販売のサイトを運営しながらテレビ番組、DVDなどの制作を手がけるコスプレ女社長や、安月給で馬車馬のように働かされる現状に疑問を感じて島根に移住し、ネットによって地位を確立したアニメ作家……。

 このようにネットによって場所や立場を越えていくような話は本書の例外で、大半はクリエーターや起業家の内向きな話が占める。そんな枝葉ばっかりいじっていてどうするの、という感じ。

 「これをやったからといってどうというわけじゃないことに、意味があるんですよ」と言うコスプレ社長の言葉がネットの本質を捉えているのかも知れない。それを支えるのは「無駄なものをつくって楽しむ余裕」なのだそうだが、ネットやITに「オタクの世界」という偏見をぬぐえない私のような「てくのろ爺」にはそんな余裕がないな~。余裕の問題かよ。

 

 

●第95回●2007/8/11『満州移民』飯田市歴史研究所編/現代史料出版

 《分村計画を1939年度中に完了しなければ、助成金の交付を減額する》

 平成の大合併に際して似たようなことが言われたが、これは1939年12月に千代村(現飯田市)役場に各村の当局者が集められ、出張してきた拓務省、農林省、長野県庁によって下された厳命だという。「分村計画」とは満州への分村移民のことだ。

 満州移民は「国策」の犠牲と言われるが、その国策の中身とはこうした補助金および低利資金貸付を装置としている。下伊那では他村の応募者を自村の住民だと偽装までして補助金の獲得に走ったらしい。地方の中央依存と、中央政府の補助金行政は戦中も戦後も変わっていない。美しい国だ。

 長野県は2番目の山形県を大きく引き離して全国一の移民送出を数えるが、なかでも飯田・下伊那地方は県内で突出していた。養蚕経済の破綻を大きな背景としながらも、長野県が満州移民を積極的に進めたのは、旗を振ったリーダーの存在に因るところが大きい。満州開拓の発案者でもあった加藤完治の教えを受けた塩沢治雄や、後に長野県知事となる西沢権一郎が移民行政を司る拓務課長を務めた他、元長野県知事の梅谷光貞が満州へ渡って特務部移民部長を務めた。青少年義勇軍の送出に関しては信濃教育会が大きく関与している。

 敗戦から62年を迎えるいま、満州農業移民や満蒙開拓青少年義勇軍は遠い出来事のようだが、中国残留孤児の肉親探しや帰国問題は未だに解決していない。そもそも、日中平和条約の締結が1978年、肉親探しのスタートは1981年。さらに、下伊那の体験者が苦悶を乗り越えて「満蒙開拓を語りつぐ会」によって積極的に口を開くようになったのは2002年。中国残留日本人孤児への国家賠償を求めた集団提訴で国に賠償支払の判決が初めて出されたのは2006年だ。

 封印されていた期間があまりにも長い。満州移民の記念碑・慰霊碑は各地に建立されているが、その趣旨が「顕彰・慰霊」から「反戦・日中和解」へと幅が広がっていったのは1980年代に入ってからだという。「顕彰・慰霊」だけを強調したい安倍や閣僚は「選挙に負けたから」という理由で今年の靖国参拝を見合わせるらしい。

 

 

●第94回●2007/8/3『戦争いらぬやれぬ世へ』むのたけじ著/評論社

 祝! 自民惨敗。

 戦時中に報知と朝日で新聞記者として働くが、1945年8月15日に新聞人としての戦争責任をとる形で退社。郷里の横手市で週刊新聞「たいまつ」を1978年まで発行した老ジャーナリストの講演録。10年ほど前に倒産した社会思想社から『たいまつ16年』が出ていたが読まずじまいだった。

 講話の内容は戦争、憲法、ジャーナリズム、老い、戦後日本の思想など幅広いが、根底にあるものは「この世から戦争をなくしたい、なくさなければならぬという命懸け志」だという。長年一つの事を貫くことによって、地方在住・フリーランス・老人といった一般的には負の要素が反転し、「東京の組織」には体現できない現実感覚を放っている。「老人」を「高齢者」などと言い換えてごまかすな、とも。

 「ジャーナリズムがジャーナリズムになるためには、絶えざる自己反省、自己点検、内部でその仕事に携わる人たちの、己の姿を歴史の節目、節目に立ち止まって点検し、一つの合意ですね、確認を積み重ねていく、その作業が大事なんです」

 「わが身をわがペンで刺しつらぬいていない文章は、なにが書かれようと、どのように書かれていようと、ヒマつぶし以外には役に立たない」

 「今もう一つ付け加えて言えば、俺は、俺とは反対意見を丁寧に見るということだ。(中略)自分と違う意見、それを丁寧に聴くということで本当のことが見えてくる」

 長野の小雑誌「たぁくらたぁ」にとっては師と仰ぐべき存在だが、自己満足に終始している現状からは、あまりにも遠い言葉か。

 「日本人というのは物事に対していつでも物事の本質を見ない。本質論をいつも避ける。(中略)情勢が日本に都合がいいと本質論なんていうのは無駄だ。情勢が悪くなると本質論では間に合わない。この繰り返しだ」

 これは著者の言葉ではなく、胡蘭成という中国人が1945年に残した文章だそうだが、今でもあらゆる場面に言えることだろう。集団的自衛権をアメリカに差し出す自民党、国連に委ねる民主党――。

 「略称『国連』のフルネームは『国際連合』であるが、実体は『国家連合』である。(中略)地上に安らぎと希望をもたらすと期待できる国際組織は『世界連合』である。『人類連合』である。実体はいつでも『人間連合』である。国家エゴイズムを否定した人間そのものの躍動をエネルギーとして出発する。近代国家のつくってきた既成の枠組みよりもっと狭い場、もっと広い場で、人と人とが人の名のもとに協力できるどんな仕事をも、組織をも開拓せねばならぬ。そこから本物の国際貢献、本物の世界協力が生まれる。国家の論理を人間の倫理へと逆転させるこの旅立ちの切符には、きのうまで恐怖であり禁忌だった『非国民』のスタンプが晴れやかに捺される。苦難の旅が目的地の近くまで達するのに、どれだけの時間がかかるだろうか。どれだけ多くの年数を要しようと、一個人と全人類をつなぐこの旅は双方にとって最も短い」

 

 

●第93回●2007/7/27『働く、編集者』加藤晴之著/宣伝会議

 またも業界本。文春や新潮ではなく、「週刊現代」の編集長というので期待したが、著者の育ちの良さのためか、なかなか退屈な「金返せ本」であった。宣伝会議が開講した「編集・ライター養成講座」をまとめたらしいが、もうちょっと何とかしてほしい。書名にも異議あり。

 新聞・雑誌・テレビを問わず法廷におけるカメラ取材の制限は戦後1950年頃から強化されたようだが、そうした中で1982年にロッキード裁判の法廷写真を隠し撮りして「フォーカス」に発表した福田文昭氏の話だけが唯一面白い。

 

 

●第92回●2007/7/26『日本でいちばん小さな出版社』佃由美子著/晶文社

 我が社も日本でいちばん小さいのだが、なにか?(強がってマス)。ニューヨークの伝説的編集者であるJ・エプスタインはデジタル化・ネット化や書店資本の寡占化を前提に、今後の出版単位は小さくなっていき、自立する単位としての「家庭的産業」になると言っているじゃないか。大手を別とすれば、出版は家内工業としてしか成り立たないが、それによって多様性や創造性が維持されるという。

 とはいえ、やっぱり零細はしんどい。他社はどんな奮闘をしているのだろう。かつてある種のオーラを放っていた晶文社の本も随分小粒になったが、読んでみよう。

 まず、このアニカという出版社はかなり例外的な成り立ちをしている。新規参入者が東販や日販の口座をなかなか取れないというのは定説だが、押しの強い著者にその交渉に同席してもらったら、奇跡的に契約ができたというのだ。著者=社主はゼネコン~システム開発からの異業種参入で、出版社設立後も年に2~3点しか発刊していない。こんな例外もあるのだな、東日販さん。

 異業種参入組であるためか、著者に変なこだわりはない。あまり共感する部分はなかったが、唯一アマゾンへの不満は一致。楽天ブックスやブックサービス、BK1などで零細版元の本が「4~7日以内発送可」となっていても、アマゾンでは「品切れ」「3~5週間以内発送」だと! 今の時代にネット書店で3~5週間も待つ人はいない。体のいい門前払いだが、これもグローバル化の一側面だろう。

 

 

●第91回●2007/7/10『生きさせろ!』雨宮処凛著/太田出版

 いまや非正規雇用は3人に1人、24才以下では2人に1人になるそうだ。多くの若者が低賃金(フリーターの平均年収106万円)で使い捨てにされているが、その原因は「やる気がない」「能力がない」「自己責任」とされている。本書の狙いは、こうした状況に対して若者サイドから「反撃」を開始することにあると著者は言う。

 この不安定雇用の端緒は1995年に旧日経連が出した「新時代の『日本的経営』」にあるという。低賃金のフリーターを増やして製造コストを引き下げ、グローバル化に対応するという戦略で、「小泉改革」はこうした財界の意を受けて進められたわけだ。

 グローバル化の被害を被っているのは若者だけではなく、商工業から農林業に至るまで小規模事業に従事する中高年も多くが痛めつけられているが、日本でグローバル化に正面から異を唱える動きは少ない。時の気分に乗せられて小泉に1票を投じたフリーターが少なくないように、出版業界でもアマゾンの台頭をなんのためらいもなく喜んでいる関係者がいたりする。なかなか巧妙に仕組まれてきたわけだ。

 若者の不当労働や不当解雇に対しては、1人でも入れる労働組合「フリーター全般労働組合」に加入して団体交渉を行うなど、企業へ随時意義申し立てをしていくべきだという。こうした真っ当な「反撃」の一方で、かなり突き抜けた戦いをしている連中もいる。「貧乏人大反乱集団」「高円寺ニート組合」だ。

 「もう暴れるしかない貧乏人が金持ちを叩きのめすための軍団」という「貧乏人大反乱集団」のスローガンが可笑しい。「金持ちを見つけたらとりあえず追いかけよう!」「銀行の待合室で昼寝させろ!」「金持ちの家の周りをウロウロするぞ!」「我々は図書館で涼むぞ!」「知らないパーティーに紛れ込んで飯を食いまくるぞ!」

 大学の「小綺麗化」に反対してキャンパスの一角にテレビやコタツを持ち出して「鍋闘争」をしたり、新ガイドラインが話題になると機動隊に囲まれながら「新ガイドライン粉砕! 防衛庁前鍋集会」を敢行して余った鍋を防衛庁にブチまけたという。商業主義が極みを見せるクリスマスには、どてらを着てちゃぶ台持参で、ぼったくり主義の象徴である六本木ヒルズで「クリスマス粉砕集会(鍋集会)」を挙行している。

 なんとも痛快ではないか。オッサンも黙っていてはいけない。

 

●第90回●2007/7/7『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』武田邦彦著/洋泉社

 ペットボトルのリサイクルが無意味で、かえって資源の浪費につながると言いたい著者は、消費量と回収量がパラレルに増加していく折れ線グラフを掲げ、「分別回収が進むと販売量、つまり消費量が増えたことがわかる」と記す。そして、この図だけを根拠に「分別回収は大量生産、大量消費を加速している」とぶち上げる。

 データを添えて珍説を説かれると、無条件に「なるほど」と思う人もいるだろうが、「回収が先で消費は後」という論法は明らかに「鶏と卵」の倒錯話だ。

 「節電をすると石油の消費量が増える」という次の挿話も笑わせてくれる。ある男が「地球温暖化に寄与しよう」と決意し、車にガソリンを入れず、電気を点けない生活をして月に2万円の節約をしたとする。このお金をどうするか。ゲームセンターに行っても、セーターを買っても、一杯飲みに行っても、いずれも自分は石油を使わないが、他人が使うことになる。そこで貯金をすることにして、1年後に24万円が貯まった。

 1年の自分の苦労に報いるために男は預金を引き出してヨーロッパ旅行に行ったとさ。しかし、航空機には燃料が必要だし、銀行に預けている間にそのお金は企業に貸し出されて、商売に使われることによって石油が使用されている。つまり、節約によって石油の消費量が2倍に増えるという論法だ。

 旅行は国内の温泉一泊だっていいし、銀行は単純な貸し出しをしているだけではない。こうなると、著者は科学者というより講談師だ。「環境問題はなぜ講談がまかり通るのか」。この著者は旭化成工業、ウラン濃縮研究所長を経て現在は内閣府原子力安全委員会専門委員を務めるようだが、本書で原発の推進を唱えなかったのは、せめてもの自重か。

 今春、この本を店頭で見かけた時には、中韓バッシング本などと同種のイヤな感じを受けた。しかし、これがベストセラーになるという意味を少しは考えなくてはならないだろう。

 環境問題が「絶対善」として神聖視されればされるほど、自己矛盾も大きくなる。科学を前提とした話であるにもかかわらず、その科学性が危ういことも環境問題の「問題」だ。

 例えば、映画『不都合な真実』のパンフには「たくさんの木を植えましょう」と記されるが、これは森林率の低い国では有効であっても、日本ではあまり意味のない標語である(詳しくは小社刊『森を育てる技術』参照)。

 当然、科学とは前提条件が異なれば、結論も違ってくる。にもかかわらず、部分的なコピー&ペーストが多く、政治や企業がそれを一層ねじ曲げている。

 養老孟司氏は、環境問題は社会システムの問題として捉えないと「精神運動」になってしまうと言う。お金と物質の時代に精神運動も悪くないと思うが、それが行き過ぎると「宗教」だ。宗教には「内向と排他」という側面があるが、環境問題においては対立する陣営の論理や本音を知っておく必要もあるだろう。

 砂糖をまぶした「ロハス」についても触れておきたいが、長くなるので別の機会に。

 

 

●第89回●2007/5/15『報道写真集 水俣病50年』熊本日日新聞社編集局編/熊本日日新聞社

 水俣病の公式確認から50年。地元新聞社では戦後の座標軸と捉えて本書を編んだというが、多くの人にとって水俣病は過去の事件として忘却の彼方にあるだろう。

 バブルが始まった1985年以降に限っても、2次訴訟、3次訴訟、関西訴訟と裁判は続いていたわけだが、私自身ほとんど記憶にない。熊本県が患者認定を渋るため、未だに未解決の問題も少なくないようだが、容赦なく風化は進む。

 

 

●第88回●2007/5/9『100人のバカ』岡留安則・佐高信/七つ森書館

 たびたびスカもあるが、休刊した「噂の眞相」の派生本はついつい読んでしまう。編著者の佐高信によると、「諸君!」や「正論」などのお抱え保守系文化人の言いたい放題に対する反撃の意味で本書を編んだらしい。書名は養老孟司の『バカの壁』への当てこすりだという。

 岡留VS佐高の対談と旧連載から構成されており、俎上に上げられるのは右派ばかりではない。100人の中では宮崎哲弥/猪瀬直樹/田原総一朗/小泉純一郎/田中康夫/日垣隆/養老孟司/石原慎太郎/櫻井よしこ等の登場頻度が高い。理屈っぽい県民性ゆえか、長野県出身者が多い。

 連載分はともかく、対談における人物評が面白い。知事当時に小沢一郎に急接近した後に距離を置くようになった田中康夫に関する部分を引用しよう。

岡留「(前略)その後は田中康夫が民主党を見限った感じでしゃべってました。田中康夫が選挙応援に行くと、民主党は交通費も出さないというようなことまで言ってました。礼を尽くさないってことなんでしょう」

佐高「それはうるさい人みたいね。自分が変に気がつく人なんだよ。すごく丁寧にね」

岡留「そうです。あれだけサービス業プラス広告の仕事を理解している人はいないですよ。だから貴重なキャラなんだけど、そばにいたらウザくなる人もいるんでしょうね(笑)。

佐高「自分ができることは相手にも要求するじゃない。けっこう気にする人でね」

岡留「そうそう」

 この手の人物批評は、性格や行動のほつれが本業とどう関係しているかが見えてくるか、こないかがポイントだろう。激辛だけでは辛(つら)いものだ。

 

 

●第87回●2007/4/13『闘う純米酒』上野敏彦/平凡社

 義兄が純米酒狂であったため、弱いなりに20歳の頃から純米酒をもっぱら「冷や」で飲んできたが、本書の「酒は純米、燗ならなお良し」は目からウロコだった。

 純米酒とは「米・米麹」と水だけで造られるが、本醸造はそこに「醸造用アルコール」が加えられ、一般の清酒にはさらに「醸造用糖類」や人工調味料が添加される。戦中の米不足のなかで税収を確保するために、アルコールや糖類を添加する「三倍増醸酒」が国によって推し進められたわけだが、現在でも日本酒の大半がこのアル添酒だ。コストと技術がネックとなり、純米酒のシェアは2004年時点で14%しかないという。

 さて、「燗ならなお良し」だが、本書の主人公である神亀酒造(埼玉県蓮田)の小川原良征氏はこう言う。

 「温めた酒を飲むと、舌の味蕾が開いてきて、味を鋭敏に感じるようになる。それに日本酒の旨味成分の中には乳酸やコハク酸のように温度が上がることによって花開くものもある。しっかりした造りで熟成させた純米酒なら、燗に付ければ豊かな香りやコクが立ち、料理の味や油に負けない、食中酒になるのです。それに比べ、アル添酒は醪が完全に発酵してない時期にアルコールを加えるので、酒のバランスが良くない場合もあって、燗をすると酒の味が崩れやすい」

 純米の燗酒は酒の量の5~10%の割り水をするのがポイントらしい。ワインなど他の食中酒と比較して日本酒はアルコール度数が高いので、割り水によって内蔵への負担が軽くなるし、料理の邪魔にもならないという。試してみると、日本酒の新たな魅力に出会ったようで、焼酎を控えて日本酒を飲む機会が増えそうだ。金がかかるなー。

 酒米づくりをはじめとする農業への目くばりといい、国にタテつく姿勢といい、天晴れな酒蔵である。

 

 

●第86回●2007/4/10『in His Times 中田英寿という時代』増島みどり・光文社

 その言動から孤高とも傲慢とも言われた中田英寿。だが、本書を読むと日本的過ぎる感覚や思考に驚かされる。

 1998年のフランス、2002年の日韓、2006年のドイツと3回のワールドカップを戦ってきた中田は、ドイツW杯を前に「日本代表」という存在をどう見ているか問われ、「世代の違いを一番感じている」とし、自分は一回り上の98年の世代に帰属していると答える。

 「あの精神的な強さとその後の世代のメンタリティは確実に変わっているし、今の代表で自分がどんな話をしようと、何を伝えようとしても分かってもらえない部分がある。もちろん、彼らから見ればその反対もある。完全に境界線があるような感覚を抱くね」

 98年のチームには年功序列があって、中盤を構成する名波や山口とは信頼感や互いのリスペクトが存在したとも言う。「考え方とかサッカーへの取り組み方とか、基本的に人間としての部分で同じ路線だったからピッチでも、分かり合って動けるんでしょう」とも。

 それにしても、いくらインタビューが中心の本とはいえ、ネットによくある垂れ流し文章にイエローカード。編集不在か。

 

 

●第85回●2007/4/6『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』北尾トロ著・文春文庫

 裁判になぞ、一生関わりがなく過ごせた方が幸せだろう。不幸にも(?)十数回、裁判所に足を踏み入れてしまったが、10年ほど前、居眠りで大きな船をこぐ裁判官を長野地方裁判所で目撃。怒った原告側弁護士はそれを信濃毎日に投書して(掲載されて)いた。やはり、裁判には関わりたくないものだ。

 本書は自分とは縁もゆかりもない数々の事件を興味本位に見続けた裁判傍聴記だが、ある時著者は「傍聴席にいる自分と、被告席にいる男とは、実はそれほどの違いはないのではないか。ひとつ歯車が狂えば自分だって犯罪者として裁かれる可能性はあるのだ」と思うに至ったようだ。これが本書の救いだが、「傍聴」の限界か全体的には軽すぎて食い足りない。

 

 

●第84回●2007/4/2『復刊ドットコム奮戦記』左田野渉・築地書館

 小社にも、増刷をしたいのだが最低部数の販売も困難と思われるために泣く泣く品切れ、という本がある。出版に伴う金の出入りは、印刷・製本代などは翌月にすぐ支払うが、販売代金は数ヶ月後にパラパラと入ってくる。重版の場合はこの入金のペースがさらにゆっくりで少ない。いい気になって重版すると、費用は50万円で向こう1年の入金額が5万円なんてこともあるから、採算のボーダーラインにある本の重版は難しい。

 「復刊ドットコム」は品切れ・絶版によって入手困難な書籍を会員の投票によって復刊させようというサイトだ。2005年時点で22万人の会員を数え、2000点近い復刊を実現しているという。投票が100票に達すれば、出版社や著者に復刊交渉を行ない、場合によっては自社(ブッキング)で発行もする。ネット書店兼出版社として収益を確保している。

 もともと隙間産業である出版業の、さらにその隙間を縫うビジネスがどのように成り立っているのか興味があった。オビには「これからのネットコミュニティーのモデル」とある。しかし、会員の年齢層が20~30歳代中心であるため、復刊書籍のジャンルはコミック、ゲーム、エンターテイメント系が大半。いくらネットであっても、「隙間の隙間」が成立するのはこうした特定分野に偏っている。

 ヘルマン・ヘッセの復刊本(自社発行で1000部)の原価計算が資料として掲載されているが、その販売計画においては自社のネット販売で150部、他社のネット書店で50部、残りは書店ルートと図書館という構成。著名な著者でありながら、ネットで甦った本が、ネットで2割しかさばけないという現実が寂しい。

 一頃、ネットから出た「ロングテール」という言葉がもてはやされたが、息の長いマイナー商品はリアル書店でも存在していた訳だし、尻尾は尻尾でしかない。グローバル化や一極支配の「尻尾」に下手な期待などするべきではないと思うが、とは言えリアル書店の現実も厳しい。どうする!

 

 

●第83回●2007/3/20『ぼくの出会ったアラスカ』星野道夫・小学館文庫

 浅き川を、深く渡れ――。

 写真家・星野道夫のこの言葉は、何と小学校の文集に残されているという。正月のテレビ番組を見ながら、我が目と耳を疑った。

 本書の扉に「ぼくがアラスカに惹かれ続けるのは、自然だけではなく、この土地に生きる人々がいるから」とあるように、人と暮らし、そして文明に対するまなざしが柔らかい。

 アラスカ先住民のシャーマニズムは時代とともに遠くへ去り、20世紀の初めにはキリスト教がとって代わった。

 「私たちがシャーマニズムに対するある種のノスタルジアをもって白人の宣教の歴史を非難するのは簡単なことかもしれない。それによってひとつの世界が失われていったのは確かなのだ。が、人々がシャーマニズムの呪縛から逃れられたのもまた事実なのである。そして、おそらく、人々はそれを望んでいたのだろう。暮らしが変わってゆくということは、それが何かを失いながら思わぬ結果を生むにせよ、私たちが望む豊かさに向かって動いている。犬ゾリがスノーモービルに変わったのは人がその豊かさを選んだのだ。ただ、豊かさとは、いつもあるパラドックスを内包しているだけなのだ。昔はよかったというノスタルジアからは何も生まれてはこない」

●第82回●2007/3/19『編集者 齋藤十一』齋藤美和編・冬花社

 新潮社を長年支えた「伝説の編集者」の七回忌を記念した追悼本。1~2月の地方出版物のベストセラー1位だったので読んでみたが、買わなきゃよかった。

 「週刊新潮」「フォーカス」「新潮45」で型破りな企画を連発したとはいえ、やはり新潮社だもんね。メインストリームでお戯れをやってもらっても、上からあてがわれているようで、どの雑誌も興味なかった。感覚的にロックやジャズでもなければ、「噂の真相」でもないもんね。新潮社だもんね。巻末に愛聴していたクラシック音楽のリストなんか付けるなよ。嗚呼、上流!

 

 

●第81回●2007/3/8『累犯障害者』山本譲司著・新潮社

 障害者福祉についての無知をとことん認識させられる衝撃の一冊。

 福祉政策通で鳴らした衆議院議員時代に秘書給与の流用事件を起こして実刑判決を受けた著者は、服役中に障害のある受刑者の実態を見聞きし、出所後は違う立場から福祉の問題に取り組んでいる。

 通常、社会的弱者とされる障害者は犯罪の被害者となる方が、加害者となるよりも何十倍も多い。しかし、著者が犯罪を犯した障害者に焦点を当てるのは、「我が国の福祉の現状を知るには、被害者になった障害者を見るよりも、受刑者になり果ててしまった彼らに視点をあてたほうが、よりその実態に近づくことができるから」だという。

 「俺ね、これまで生きてきたなかで、ここが一番暮らしやすかったと思っているんだよ」「娑婆(シャバ)に戻るのが怖い」と獄の中で語る累犯障害者は少なくないという。日本の新受刑者総数3万2000余名のうち、実に3割弱が知的障害者として認定されるレベルの人たちだというが、その7割以上が刑務所への再入所者で、10回以上服役している者が約2割を占める。

 知的障害者がその特質として犯罪を起こしやすいのかというと、医学的な因果関係は一切ないという。では、なぜこれほど多いのか。

 知的障害者が服役するのは、無銭飲食や置き引きといった微罪が大半だが、警察の取り調べや法廷において、自分を守る言葉を口述することができず、反省の言葉も出ないため、司法の場で心証が著しく悪くなり実刑判決を受ける可能性が高くなるのだという。廃品回収のつもりで他人の所有物を持ち去ってしまい「窃盗」で逮捕といった具合だ。

 そして、一度前科者の烙印が押されると、出所後の社会には一段と居場所がなくなる。大抵の福祉施設は触法障害者との関わりを避け、彼らは福祉的支援の対象から外れてしまう。福祉のネットからこぼれ落ちた人たちが、司法の網にかかるという構造だという。

 かろうじて再犯者になることを免れても、待っているのは「路上生活者」「ヤクザの三下」「閉鎖病棟への入院」そして「自殺」や「変死」である。ヤクザが数人の知的障害者と養子縁組をしてタコ部屋に押し込み、障害者年金や生活保護費を食い物にしている例も詳しく報告されている。

 ろうあ者の問題には2つの章を割いているが、そもそもろうあ者が日常的に用いる「手話」と、健常者が使う「日本語対応手話」は文法や表現方法に大きな違いのある別物であり、後者の押しつけは当事者をしばしば困らせているという。

 刑務所・刑事裁判・福祉など問題は山積するが、結びに著者は社会的な風圧に危惧を示す。

 「こうした私の思いとは逆に、世の中はいま、『知的障害者であろうと精神障害者であろうと、罪を犯した奴は厳罰に処せ』という声が大きくなっているのではないだろうか。私も、その考えに頷けなくもないが、それが、社会防衛的発想、あるいは優生主義的発想に根ざしているのであれば、かつての『魔女裁判』のような危険性を感じざるを得なくなる」

 もう一つ、触法障害者が「この社会にはいない者」として捉えられてきた背景には、その存在をタブー視するマスコミの報道姿勢が挙げられる。一般の犯罪報道についても、この数年、日本の刑事裁判は被害者にあまりにも冷淡だという声を受け、一部のテレビニュース(テレビ朝日)は被害者の悲劇性に重点を置きすぎていると思う。

 

 

●第80回●2007/3/7『ガルシア=マルケスに葬られた女』藤原章生著・集英社

 この本を最初に書店で見かけた時、マルケスの名前には引かれたものの、その名前をダシにしているようで、ちょっとイヤな感じがして買わなかった。しかし、数日後、新聞の書評で鎌田実が大絶賛をしていたので読んでみたが、私にはどこが良いのか分からない。

 マルケスの『予告された殺人の記録』にはモデルが存在し、マルケスが事実を若干脚色して小説にしたため、主人公のモデルとなった女性が現実と小説によって2度、世間的な仕打ちを受けたことに著者は同情を寄せる。

 小説にモデルが存在し、二次被害が発生することも珍しくはないだろう。著者が何故ここまで執着するのか分からない。マジック・リアリズムの巨匠が卑近な痴話話を題材にしたことに対する落胆が動機なのだろうか。ノンフィクションとしては駄作。

 

 

●第79回●2007/3/6『本当は知らなかった日本のこと』鳥越俊太郎/しりあがり寿著・ミシマ社

 1カ月ほど前にNHKテレビで団塊世代をテーマとした討論番組があったが、宮台真司の発言に団塊オヤジ連中がかなり苛立っていたのには笑えた。「食い逃げ世代」には真面目なソーカツを願いたいのだが。

 さて本書だが、団塊の2007年問題をはじめ、環境、治安、少子高齢化、グローバリゼーションなどの今日的な問題を、歴史の連続性を意識しながら平易に解説しており、若者向けの入門書といった趣。

 「日本は明治維新からわずか140年弱でこれだけの超近代的社会を築いてきました。(中略)その過程では一昨日や昨日を断ち切り、今日から明日へ向かうことに急ぎすぎたキライもありました。その結果、日本人の思考のなかに昨日のことを忘れ、今のことしか考えない、ある種の刹那主義が支配的になったように思えます」

 例えば、団塊世代が誕生した背景には否応なく「この国の戦争の結果」があるわけだが、一斉退職・年金・介護といった今後に控える諸問題にかき消されてしまっている。当事者も含めてもう少し認識しておくべきなのだろう。

 「ロハス」などという、環境問題に砂糖をまぶして自己チューで固めた、都市住民の阿呆言葉を平気で使う鈍感さは、著者の年齢に免じて許すとしよう。

 

 

●第78回●2007/2/24『事件の真相!』宮崎哲弥/川端幹人著・ソフトバンククリエイティブ

 斉藤美奈子さん、時事評論はこうでなくちゃネ。本書は評論家の宮崎哲弥と「噂の真相」副編集長だった川端幹人による掛け合い時評で、「論座」連載をまとめたもの。「スキャンダルこそが政治空間を開く力そのものだ」という確信のもとに事象の裏側に迫っている。いかがわしい情報にこそ往々にして真実が宿るが、オツに澄ましたジャーナリストや評論家にはないゲリラ精神を、まず買おう。

 例えば、昨年2月にデンマークの新聞がイスラム教の予言者ムハンマドの風刺画を載せて物議をかもしたが、これに関して宮崎は「宗教に対してだけは一寸も譲ってはならない。なぜなら、そもそも表現の自由というのは宗教権力との闘いのなかで形成され、思想信条の自由と表裏一体の関係にある制度だからです。つまり信教の自由が成り立つ最低限の条件こそが表現の自由なんだよ」と言いいながら日本のジャーナリズムの腰の引き具合を指摘する。

 自称「保守リアリスト」の宮崎に臭みを感じないのは、新自由主義の次段階として「リベラルな共同体主義」を志向しているためか。痛快な一冊。

 

 

●第77回●2007/2/23『たまには、時事ネタ』斉藤美奈子著・中央公論新社

 数少ない読者諸兄よ、1カ月のご無沙汰でした。本は読めども、忙しいとこの日記を書く時間がない。間もなく小社では異色の『脳活フィットネス』という新刊が出ます。「たぁくらたぁ」の11号も。

 さて、本書だが、はっきり言ってつまらない。人気書評家が時事問題の表面にある皮をはがして、少し空気に当てたり伸ばしたり臭いをかいで、また元の場所に貼り付けたという程度の評論。

 連載していた「婦人公論」でのタイトルは「女のニュース 男のニュース」というらしいが、女性ならではの視点も希薄。そもそも性差を売りにしたニュース評論にどれほどの意味があるのかと思うが。小泉政権や新自由主義に異をとなえる基本路線には共鳴するものの、全体に薄味で物足りない。

 

 

●第76回●2007/1/24『CM化するニッポン』谷村智康著・WAVE出版

 テレビ局にとって番組は客寄せのエサで、本当の商品は広告である――。

 これは皮肉ではない。広告代理店やコンサルティング会社でテレビ局と深く関わるマーケティングの専門家が、CM支配を強めるマスコミの姿を具体的に描いている。

 昨年のワールドカップでは、放送時間帯を重視するテレビ朝日の意向(ジャパン・マネー)によって、日本代表はまだ日が高く暑い時間帯に試合を組まれてジーコ監督が怒っていたが、こんなのは序の口。かつてバレーボールはサーブ権のある時にポイントが入っていたが、これでは試合の所要時間に極端な長短が出るため(CMが入れにくいため)、テレビ業界が国際バレーボール連盟にかけあって現在のラリーポイント制に変更させたとか。

 『サザエさん』の原作にはない電化製品がテレビアニメで登場するのは、スポンサーである東芝への配慮だとか。グルメ番組などで住所や電話番号付きで紹介がある場合はほぼ間違いなく金を取っているとか。ドラマのセットで使う家具や食器なども広告として金をとるとか。こうして番組内に巧妙に仕込ませた「見えない広告」はプロダクト・プレースメント(番組内広告)としてテレビ局は広く売り出しており、スポンサーのニーズもふんだんにあるという。

 NHKもグループ会社が「プロジェクトX展」というイベントを組んで、番組で取り上げた企業から最高3000万円もの協賛金を得ていたとか。アテネ五輪ではテーマソングとなった「ゆず」の『栄光の架橋』を何度も聞かされたが、これまたNHKの子会社が楽曲の原盤権の一部を所有し、CDが売れるごとにキックバックを受け取っていたとか。

 国策によってVHF帯域を携帯電話に明け渡さざるを得ないテレビ業界は、より安価でできるCS(通信衛星)によるデジタル化を見送り、地上波デジタルを選択したが、これはCSによって不要となるローカルテレビを救済するためだという。放送塔や中継局の建て替えには莫大な税金が投入されるらしいが、系列局という既得権(天下りなど)に汲々とするテレビに談合を批判する資格はないだろう。

 消費者はマーケティングの仕組みを知らないから、「見えない広告」などでだましておけ――。刺激さえ織り込んでおけば視聴率が取れる――ということらしい。著者は「見る目が肥えた読者や視聴者が増えれば…」と言うが、目を肥やす前に、納豆でやせたい人が多いらしい。

 この捏造番組によって某納豆メーカーの株価が乱高下したが、「見えない広告」は仕組まれていなかったのか。ちなみに、この番組のスポンサーであった「花王」は日本の企業で最もマーケティングに精通しており、電通であろうが広告の主導権を握ることはできないらしい。なんだか、あまりに符号しているようだが。

 

 

●第75回●2007/1/22『遺品整理屋は見た!』吉田太一著・扶桑社

 遺族に代わって故人の日用品や部屋の片付けを引き受けるという「遺品整理業」の社長が孤独死、自殺、殺人などによる死後の現場をつづったもの。全46編のうち多くを占める孤独死は、家族関係や仕事のちょっとした変調によって多くの人に起こり得る問題だ。

 56歳の一人住まいの男性宅は、トイレのドアの下半分に何度も足で蹴破ったような大きな穴が開いていて、冷蔵庫にはマジックで大きく「忍耐」と書かれていたという。この場合もそうだが、亡くなった部屋には一度も訪れずに「貴重品も全部いらないから早く処分してくれ」と言う遺族も少なくないようだ。

 遺品整理屋としての著者の誠実さは救いだが、職業柄、死の背景には踏み込むことができず、読み物としては練り込まれていない。ブログ本の限界も感じる。

 家族や社会、制度などを論じてみてもどうしても漏れ出てきそうな現実に、なんとも複雑な読後感。

●第74回●2007/1/20『黄泉の犬』藤原新也著・文藝春秋

 麻原彰晃は水俣病だった――。

 この仮説は、水俣病問題を抱える国にとっても、被害者にとっても、識者やマスコミにとっても強烈なタブーであろう。麻原を突然変異の怪物として葬りたい多くの国民にとっても禁忌であるのかも知れない。オウム事件に深く関わる江川紹子も、週刊誌で本書を評した中で以下の事実を信じることができない、と述べている。

 麻原が生まれた熊本県八代を訪ねた藤原は、付近の不知火の海で採れるシャコについて「いまはもうだいぶなくなったと聞いとるが、昔は水銀が入っとったらしいから」という老人の話を耳にする。八代海に接する水俣と八代は直線距離で30キロ程度。しかも麻原の実兄と面識のある人によると、松本家(麻原の実家)では茹でたシャコを大量に食べる習慣があったという。

 藤原は潜伏する実兄との面会を果たし、この食習慣によって目を患った弟を水俣病患者として役所に申請していたことを聞き出す。30キロ離れた八代に水俣病患者がいるはずがない、という反論に対しては、熊本県庁の水俣病対策課から八代地区の認定患者は相当数存在し、未認定者も51名にのぼるという言質をとっている。

 「水俣の惨事から40年後、かりに水俣の怨念の亡霊のごとく立ち上がったひとりの宗教者がまるで報復のように化学物質によって国家機能を止めようと夢想したとするなら、つまり水俣病である麻原彰晃が、この国全体にサリン噴霧を試みようとしたとするなら、歴史はめくるめく因果の応報というべきか、あたかもこの歴史的循環はまるで麻原の唱えるカルマ落としのごとくである」

 言うまでもないが、著者はオウムに対して融和的である訳ではない。執筆の動機を「あとがき」で次のように記している。

 「オウム真理教の若い信者がそうであるように、昨今の若者の旅が脆弱化し、すぐに信仰のようなものに取り込まれる危険性に言及するためであった。論考ではなく、私自身のかつての旅と、その中におけるそういった種類の青年との確執を書くことによって、あらためて短絡的な信仰のメンタリティと自己喪失の危険性を浮かび上がらせてみたいと思った」

 実兄への取材中に、著者は自著の読者であるという青年に、かつてインドで野犬に襲われた体験を話して聞かせた。すると、「フジワラさんも若いころ『電波少年』やってたんですね。好きだなぁ、そんなのって」という反応を浴びせられる。その青年はまた、「歳食った大人が自然だ自然だって、自然が万能だっていう言い方するとカッとするというか、それじゃ自然を知らないオレらは生活の基盤のないクラゲみたいなものなのかって、言いたくなるんです」とも言う。

 バーチャル化した世の中で育ったため、フィクションというフィルターで濾過しないと、現実を受け入れられない、とその青年は自己分析している。彼らをまだ少数派だ、などと切り捨ててはいけないのだろう。コミュニケーション・ギャップの中で、国や個人の因果は巡っている。

 

 

●第73回●2007/1/18『許されざる者、筆刀両断!』佐高信著・ちくま文庫

 文庫の新刊だが、2001年から2003年までに発行した3冊の単行本からピックアップしているのでネタがチト古い。生もの(同時代もの)を扱う作家のこういう文庫化はちょっと反則。しかし、古くはあるが、ここ数年の社会の流れは再確認できる。

 その1つが個人情報保護法。言論を縛り、政治家に逃げ場を与える法案にもかかわらず、新聞・テレビが適用除外となると、両者は静観の構えに変わった。そんな折、「個人情報保護法拒否 共同アピールの会」にはフリーランスの作家や評論家が結集。この決起集会の模様を朝日新聞が報じなかったことに佐高は憤慨し、次のように記す。

 「自分たちは、いかがわしい週刊誌や写真誌などとは違うんだ、と思っているのではないか。本腰を入れた闘いになるかどうか。それは、記者諸君が、たとえば『噂の真相』が検察庁の高官のスキャンダルを暴いたことを恥ずかしいと思うかどうかにかかっている。(中略)

 私はいかがわしいとされる情報にこそ真実が宿るのだと思っている。(中略)しかし、そう考える記者が何人いるのだろうか。自分は、フリーターならぬフリーの記者とは違う、ちゃんとした記者なんだなどと錯覚した時に、その人の腰は引ける。いかがわしいフリーの記者と自分は同じなんだと思うかどうか、それを記者たちは問われているのだろう」

 小社が関わる「たぁくらたぁ」という雑誌も、いかがわしいが故に地元有力新聞からは無視され続けている。現場の記者よりも、現場を失ったデスクにこうしたエリート意識が強いと思うのだが、どうだろう。

 

 

●第72回●2007/1/9『ツァラトゥストラ�』ニーチェ・中公クラシックス

 正月休みに読みたい新刊がなかったので、長らく「積んドク」状態だった本書を読み初めにしたが、正直ちょっと手に余る。

 テーマは「永劫回帰」で、人間は時間や生を永遠に担うほかない、というもの。「いま」は常に歴史の中心にあり、「いま」こそが重要だ――。また、苦痛は「過ぎる」ことを求めるが、悦楽は「永遠」を求める。その苦痛をも永遠的な悦楽に転換することがニーチェの思想の究極点であるようだが、分かったような、分からないような……。

 人間はどのようにして乗り越えられるか/大きい愛は、愛されることを求めない/といった数々の箴言がちりばめられているが、一番面白かったのは近代都市に関する次の記述だ。

 「あなたは見えないか、魂がぼろきれのように、だらりと吊されているのを。――しかもかれらはこのぼろきれから新聞をつくる。あなたは聞かぬか、精神がここではことばの遊戯になってしまったのを。精神は厭うべきことばの捨て水を吐き出す。――しかもかれらはこのことばの捨て水から新聞をつくる」

 しかし、これはツァラトゥストラの言葉ではなく、彼の知恵を寸借する「阿呆」の放言である。ツァラトゥストラは阿呆に向かって言う。

 「わたしはおまえの軽蔑を軽蔑する」「人は、愛することができない場合には、そこを――通り過ぎるべきなのだ」

 批判は愛から発するべきで、愛せないならば素通りせよ、ということらしい。新年の戒めとしよう。できるかな。

 

 

●第71回●2007/1/5  2006年の新刊ベスト10

 謹賀新年。昨年発行された新刊の私的ベスト10を掲げます。

1位『自分自身への審問』辺見庸著・毎日新聞社

2位『遙かなるゲバラの大地』戸井十月著・新潮社

3位『渋谷』藤原新也著・東京書籍

4位『苦海浄土 第二部 神々の村』石牟礼道子著・藤原書店

5位『麻原彰晃の誕生』高山文彦著・文春新書

6位『「朝日」ともあろうものが。』烏賀陽弘道著・徳間書店

7位『東京番外地』森達也著・新潮社

8位『わが悲しき娼婦たちの思い出』ガルシア・マルケス・新潮社

9位『巨魁 岸信介研究』岩川隆著・ちくま文庫

10位『森づくりの明暗』内田健一著・川辺書林

 

 

●第70回●2006/12/30『わが悲しき娼婦たちの思い出』ガルシア・マルケス・新潮社

 幻想文学ともマジック・リアリズムとも言われるラテンアメリカ文学の巨星ガルシア・マルケスの作品が新たに訳出されている。1980年代にブームがあったが、その時に読んだ『百年の孤独』『族長の秋』は圧巻だった。あり得ない事柄の積み重ねや誇張、隠喩によって、逆に一種のリアリティーを持たせ、壮大な悲喜劇を展開する。

 この作品は90歳の独身男がなじみの娼家で14歳の少女に「初めて」恋をして通いつめるが、その少女はいつもベッドで眠りについている。眠り続ける少女を相手に老人は手を触れることもないが、不思議な交感を得るというもの。90歳という設定にもかかわらず、この男に老人臭はなくいたって元気だが、40歳の頃から衰えを自覚しているので、壮年以降の男を代表しているのかも知れない。

 90歳と14歳の恋。ほぼあり得ない話だが、訳者によるとマルケスは『物語の作り方』(岩波書店)の中で次のような例を引いているという。

 初老の女性のもとに35年前の手紙が届く。郵便ポストの底にはり付いていて到着が遅れたこの手紙は、かつて本当に愛していた男からのもので「一緒に町を出て行こう、水曜日の午後5時に喫茶店で待っている」という内容だった。女はまさかと思いつつも喫茶店に行ってみると、その男が待っていたというもの。

 「こういうストーリーは、現実というのはどの程度までたわめ、歪めることができるのか、本当らしく見える限界というのはどのあたりにあるのかといったことを知ることができるので、わたしは大好きなんだ」

 『わが悲しき~』にはメキシコの女性歌手トーニャ・ラ・ネグラの歌が出てきたりする。ラテン音楽ファンにはペルーの作家アルゲダスもおすすめ。

 

 

●第69回●2006/12/21『苦海浄土 第二部 神々の村』石牟礼道子著・藤原書店

 水俣病を告発しながらも、人間個々の哀しさや勁さを描いて絶賛された『苦海浄土』は全3部作の第1部であった。その第2部は長年未完であったそうだが、藤原書店で始まった石牟礼氏の全集化に合わせ、三十数年を経て完結した。

 「鎮魂の文学」と言われる由縁は、公害に対する単なる告発や運動の記録に終始するのではなく、民俗やアニミズムの領域にまで降りていって人間を描くところにあるのだろう。この第2部は民俗的な記述が長すぎて読み通すのがしんどいが、生活の基層から「文明とは何か」を問い続ける。また、「運動とは何か」「個とは何か」といった内省的な問いかけも見られる。近年急速に衰えた住民運動や市民運動はそもそも幻だったのかも知れない。

 民俗的な穏やかな話ばかりではない。被害者の実情とかけ離れた「水俣病患者一覧表」(昭和39年にチッソが作成)や、弔慰金や生活保護費に対する地元のひがみ、陰口、密告などの住民同士の怨念・・・。あられもない話も少なくないが、チッソ株主総会への巡礼の旅における昂揚と静かな祈りで第2部は閉じる。

 第1部から40年。文明の果実だけをむさぼり食う今日、こうした文学が受け入れられる土壌がかなり小さくなっているのが残念。

 

 

●第68回●2006/12/6『東京番外地』森達也著・新潮社

 最近、対談物などを含め乱発気味の森達也だが、月刊の連載をまとめた本書は久々に読ませる内容だった。東京拘置所、歌舞伎町の風俗店、イスラム寺院、浅草の身元不明相談所、松沢病院、皇居、東京地裁、山谷、東京タワー、食肉市場等々、東京の異空間を歩いたドキュメントだ。

 番外の人間が「番外地」を描いているので、ややハマリ過ぎだが、その場所が犯罪や生死、差別や疎外といった境界線上にあっても、森は対象を凝視し、自分に引き寄せる。時に内省的でもあるが、そういった姿勢がネット上では「サヨ」と揶揄されているようだ。

 15の番外地から1編を選ぶとすれば、東京大空襲の犠牲者を追悼する東京都慰霊堂だろうか。軍人を祀る靖国神社の華やかさの一方で、民間人を慰霊するこの施設に参拝する政治家はほとんどいないという。しかも、この慰霊堂はそもそも関東大震災の復興施設として建設され、後に戦争犠牲者が「合祀」されている。

 「『語り継いでいきたい』というフレーズばかりが語り継がれ、『語り継がれるべきこと』はいつのまにか色褪せて消失する。語り継ぐべきことは被虐だけではない。加虐についても僕たちは忘れてはいけない。これほどの惨事となった東京大空襲で米軍が投下した爆弾の総量は、日本軍が中国戦線で繰り返してきた重慶爆撃における全投下量の10パーセントでしかないとの試算もある。(中略)被虐は加虐に反転する。加虐も被虐に反転する。このどちらもが表であり裏でもある。こうして連鎖は続く」

 

 

 

●第67回●2006/12/5『自分と自分以外』片岡義男著・NHKブックス

 日曜深夜、アンテナを一杯に伸ばしてFM東京にチューニングして聴いた「気まぐれ飛行船」。片岡義男と安田南の程良く力の抜けた会話は田舎の高校生を「ここではない場所」へと連れていってくれた。

 とはいえ、片岡義男のファンであった訳ではない。たぶん、角川で映画化された諸作への違和感のためだろう。ありがちな片岡作品への無理解だったとも思うが、「早すぎた村上春樹」のような軽さを好まなかったのだ。『ぼくはプレスリーが大好き』を読んだ程度だった。

 本書は先月、集金で行った伊那の書店でたまたま目について購入。片岡が「戦後60年と今」(副題)を書いたという意外性に引かれた。疎開先の瀬戸内で目撃した原爆投下から現今の憲法改正騒ぎまで、意外なほど厳しい目で今の日本を語る。アメリカ文化にドップリのような片岡だが、それだけに日本の姿が見えるのかも知れない。

 ところで、ライブドア前社長のホリエモンが昨夜テレビに出ていたが、「人類の未来」だとか「宇宙開発」だとか、あまりにも空疎な風呂敷を広げていた。どれだけ断罪されても、戦後日本が育てた成長病や拡大病はなかなか収束しないようだ。

  

   

●第66回●2006/12/4『ALWAYS三丁目の夕日』山崎貴監督

 近年、日本映画も盛り返しているようなので、全体の水準も上がったのだろうと思っていたが、日本アカデミー賞のこの映画をテレビで見てガックリ。ノスタルジーだけが売りで、ひたすらホンワカしただけの安手のホームドラマが評価されるということは、日本人がかなりお疲れなのか、退行しているのか。日本映画はモンキービジネスか。

 

 

●第65回●2006/11/11『石鎚を守った男』藤井満著・創風社出版

 1960年代から愛媛の石鎚山で自然保護運動を続けた峰雲行男の評伝。署名やデモ、記者会見を行わず、いつも1人か2人で行政に要求する「行政の指導者」だったという。

 恐らく人物としても魅力的だったのだろうが、筆力と編集力の欠如によって極めて散漫な本になってしまっている。自戒を込めて、粗製乱造はいかんよ。

 

 

●第64回●2006/11/6『信州の福祉暴走族』かいご家著・雲母書房

 訪問介護も行う南箕輪村の宅老所「かいご家」の日常が綴られる。「暴走族」の所以は、2000年の設立以来、「偽善的な福祉のイメージに逆らい、ときには私たちにはなじめない常識を破りながら、行政や世間も認めてくれない向かい風の中、思いのままに続けてきた」ことによる。

 福祉に携わる組織は社会福祉法人やNPOなど、行政制度に沿ったものや非営利が主流だが、この宅老所は有限会社である。設立当時、スナックや工場、学習塾や接骨院を経営する友人知人を見て、民間の底力を再認識させられたという。利用者の反応に敏感で、かつ自分の信念を貫いていて、地域とのつながりを大事にする。いい仕事をしなければ収入にはつながらないから、民間はみんな必死なのだ。

 「ああ、これだ、これが今の福祉に欠けているんだ」と実感したという。

 「行政制度にそった福祉だって必要だし重要だ。でも、それを越えたサービスが必要なこともあるし、それでは拾いきれないケースだってある。今の国の制度では自分らしい生活支援は成り立たない。

 制度に合わせるのではなく、たとえ『わがまま』と言われても、私たちが納得できる福祉を形づくりたい。だったら有限会社でいい、今までの型にはまらない、私たちらしい法人格にすればいいと決断した。

 法人格であることは手段にすぎない。いちばんの目的は、『小さな福祉で一人ひとりの個性を大事にしたい』という、かいご家流福祉を継続していくことだ」

 どの分野でも、制度を越えた所にもうひとつの真実があるのだろう。

 

 

●第63回●2006/11/4『沖縄「戦後」ゼロ年』目取真俊著・NHK出版

 芥川賞や直木賞にほとんど興味がないが、この人の『水滴』(芥川賞)だけは読んだ。先頃「信州沖縄塾」で講演があり、参加した「たぁくらたぁ」の編集委員は「日本にはまだサムライがいたのか」と度肝を抜かれたようだが、この人は日本人ではなく、沖縄人なのだろう。

 この書名は、沖縄戦で本土の捨て石とされ、60年を経ても米軍基地という犠牲を強いられる沖縄差別の現実を変えない限り、沖縄の「戦後」は永遠に「ゼロ」のままだという意味だ。

 「安全保障の問題についても、沖縄に基地を押しつけることによって、憲法第9条を維持することができたわけです。憲法第9条の裏には沖縄の米軍基地という存在があったことを、革新を自称する人達でさえ、『本土』の人達は考えていない」

 振興予算や基地経済への依存といった内的な問題もあるだろうが、まさに正論。見えにくい差別によって日本は成り立っている。

 

 

●第62回●2006/11/3『憲法9条を世界遺産に』太田光・中沢新一著・集英社新書

 かつてのビートたけしの影を追う爆笑問題の太田。「スタメン」では不発気味だが、他の番組では社会的な問題に切り込んでいるらしい。そんな太田を見て中沢新一は次のように記す。

 「ここまでテレビでやって大丈夫なのかな、お笑いの立場でこんなことを発言すると、またぞろ面倒なことを言い出したがっている人たちの格好の標的になっちゃうぞ、とときどき心配にもなった。しかし、それ以上に、いま僕たちがそれをことばに出して語らなければならないなずなのに、臆病のためか怠惰なためか声高に語るのを避けている重大な事柄を、彼は必死になって語ろうとしている姿に、僕は深く心を打たれたのである」

 確かに、声高に語ることをはばかる空気が充満している。「お文化」な連中はそれが文化だと思っている。その意味でも、西欧と日本の思想に引き裂かれて、一時期政治活動にのめり込んだ宮沢賢治をこの本の導入としているところが興味深い。

 

 

●第61回●2006/11/2『戦後の巨星 二十四の物語』本田靖春著・講談社

 2004年12月に死去した本田靖春が1984年から翌年まで週刊現代に連載したインタビュー人物論が収録されている。

 「ひととは深くちぎらない。俺はそういう生き方をしてきたんだよ」と本田は本書の編集者に何度か語っていたという。物書きとしての覚悟なのか、人間としての覚悟なのか。とにかく、そういう人によるインタビュー集である。

 美空ひばり、立花隆、井上陽水、手塚治虫、ビートたけし、中上健次、長島茂雄……。読者によって登場する24人への興味の置き方は当然異なるだろうが、萩原健一や落合博満といったアウトローの一匹狼に対した時に、本田は最も陰影に富んだ話を引き出しているように思う。

 

 

●第60回●2006/11/1『どっからでもかかって来い!』日垣隆著・ワック

 書名にノケゾるが、喧嘩家だから、まっいいか。飛んで火に入る如くこの著者に喧嘩を売ってしまったのは、信濃毎日新聞、みずほ銀行、郵便局、不動産屋、ネット古書店など。

 著者が「それは違う!」と組織や公務に訂正を求めるのは、声を出さずに実質的に「共犯」の関係に陥りたくないためだという。ヒリヒリするほど厳しい追及が続く。が、本書に1カ所だけ線を引くとすれば、東京と長野に拠点を置く自身に関する次の一節か。

 「故郷を捨てきれない最大の理由は、物書きとして、同じことだがプロの観察者として、土地に根ざした世間を身近にもち続けたい、ということがある」

 著者は有料メールマガジンに止まらず、PDF版の販売も試みているようだ。今後数年で少部数出版物のある程度はPDFに移行していくだろう。気分は暗澹。

 

 

●第59回●2006/10/18『村の若者たち』宮本常一著・家の光協会

 地球4周分を歩いた民俗学者、宮本常一の復刻版。原著が発行された1963年は高度経済成長の真っ只中、農村から都会へと若者が流出する中で、農村に止まる若者の姿と農村社会の構造を憂いを込めつつ描いている。

 1章 村にのこる若者の苦悩/2章 せまい世界の余り者/3章 二、三男のあたらしい世界/4章 流離する若者たち……と基調は決して明るくない。

 「今日まで、農村には人が多すぎた。その人たちを養うためには、できるだけ多くの仕事をつくる必要があった。(中略)農地改良をしたり、耕地の集団化をはかったり、機械化をすすめていくならば、農業に要する労力はいちじるしくへってくる。だが、そうすれば、農村には多くの失業者ができる。失業者を出さないためには、不合理なものを多分にのこし、またできるだけ、人力にたよって生産をおこなうようにしなければならぬ。表面はたいそういそがしく見えつつ、実は多くの潜在失業人口をかかえてきたのが、今までの農村のありさまだったのである。しかも、お互いは、長い間そのことに気づかなかった。そして、勤勉だけが要求されたのである」

 まるで、今の公務員の世界だ。宮本は農業の技術指導に全国を歩きながら、1963年の時点でここまで断定している。こうした農村の温存に手を貸したのが、コメに偏重した農業政策だったのだろう。

 小社発売の雑誌「たぁくらたぁ」第6号の特集は「公民館報にみる戦後」だった。そこには昭和30年代の農村共同体のおおらかさや古い慣習をうち破ろうとする試みが抜粋されているが、実際はそれほど明るいものではなかったのだろう。因習に囚われてそこから脱出できずに苦悶する若者の声が本書には多く収録されている。それから40年、平成の大合併を経て村はどこへ行くのだろう。

 

 

●第58回●2006/10/10 『きょう、反比例』竹井正和著・フォイル

 径書房、リトルモアを経てフォイルという出版社を営む著者の半生記を兼ねた編集者論。未だ45歳にしてこの3つの会社で社長を務めたらしいが、売りにくいアート本で勝負をしたリトルモアでの仕事が最も知られているだろう。

 大阪西成出身のヤンキーで、「本棚なんてなかった」という環境から径書房に飛び込んで、半ば伝説化している原田奈翁雄に鍛えられたらしい。その原田は著者を次のように評する。

 「彼には自分のやりたい仕事がある。魂が生きている。径書房には出版の経験も年齢もずっと上の人たちが何人もいたけれど(中略)みんな出版、本を作るとはどういうことなのかと模索する気持ちが、希薄なの。これこそ自分の作りたい本だという一貫した願いを持つ編集者はほとんどいない。筑摩書房にだって、何十人と編集者はいたけれど、それはまったく同じでしたよ」

 耳が痛い。

 径書房で上野英信や石牟礼道子といった硬骨の作家と出会ったことも大きな財産だろうが、何よりもその直感力と行動力が半端じゃない。リトルモア設立後の第一作は、曲を聴いた瞬間に決めたというブルーハーツの解読本だという。ブルーハーツじゃ、ちょっと青いが、ラングストン・ヒューズを愛読しているらしいので許そう。その後のアートの世界は私には分からない。

 蛇足だが、10年ほど前に読んだ原田氏の著書に「お原稿」という表記があり、大いに違和感を覚えた記憶がある。再読してみよう。

 

 

●第57回●2006/10/2 『巨魁 岸信介研究』岩川隆著・ちくま文庫

 A級戦犯の容疑者になりながら総理にまで登り詰めた巨魁ならぬ「巨怪」。その退陣から15年を経た1975年に雑誌連載がスタートし、1977年に単行本化された本書が、安倍晋三の首相就任に合わせて復刻された。

 読後の感想は、アメリカへの愛憎や恩讐といったプラスとマイナスの感情が岸個人の中でバランスされているのだろうか、内面は分裂していないのかというものだった。現在の保守論壇も「親米保守」と「嫌米保守」に分裂しているようだが、「現実主義者、政治家というより実業人、機を見るに敏」と言われる岸は自ら「対米一辺倒のなかのナショナリズム」と言う。

 戦犯容疑者の自決が相次ぐ中で自分が逮捕された際、「名を惜しんで命を捨てるより、生きてどんな辱めを受けようが、こんどの戦争の正しさを……どうせアメリカの法廷が聴いちゃくれないだろうが、万世の後に語り伝えるために私は生きて繋がれて行くのだ、とそういう心境だった」という。

 巣鴨刑務所から釈放されて間もなく記者の問いに「私は、巣鴨生活で過去一切は清算したつもりだ」と答えたというが、安保反対のデモに加わっていた著者は次のように記す。天皇の戦争責任と並び、戦後日本の地雷源だろう。

 「どのように“清算”されたのか。それを許したのは、私たちである。大きい赤字を残しているかもしれない。債権者が目白押しかもしれない。そういう存在の更正を許したのは、とりもなおさず、私自身を含めて己れの清算をないがしろにし、甘やかしてきたところに原因がある。本来は岸信介が責められるより、われわれ自身、私自身が責められなければならない」

 占領行政に反発し憲法改正を唱えながらも、三木武吉とアメリカ国務省筋の影響力によって総理にのし上がった岸は、アメリカへの忠誠から安保改定を強行。しかし、安保騒動によりアイゼンハワーの訪日が中止となると、その詰め腹の形で総理を辞任した。それから46年、「こんどの戦争の正しさ」や憲法改正は孫の安倍に引き継がれている。

 ところで、安倍晋三が所信表明をした日、地元のラジオ(FMぜんこうじ)で信州の「みのもんた」こと武田徹(同名の大学教授とは別人)が気勢を上げていた。いわく「大戦後9回も戦争をしている中国に靖国であれこれ言われる筋合いはない」。

 日頃「お文化」をもてあそび、人畜無害を装う県民タレントがナショナリズムを煽る。たぶん文藝春秋あたりに感化されているんだろうが、いやな時代になりつつある。戦前もエセ文化人とマスコミが戦争を煽った。

 

●第56回●2006/10/1 『書店繁盛記』田口久美子著・ポプラ社

 この数年、毎年全国で1000軒程度の書店が店を閉めている。長野市でも地域の顔であった老舗2店が閉店した。中小書店は売上の減少が続き、元気がいいのは大型店とネット書店だけだ。

 本書の著者は最も恵まれた環境にいる書店人の一人と言えるだろう。日本一の売場面積を誇るジュンク堂池袋本店の副店長が書店の日常をつづったものだ。

 アマゾンの販売拒否事件に始まり、客注品のトラブル、新店舗のオープン準備、人文書の棚づくりなど、本好きには興味が尽きないだろう。人文・芸術分野に強いリブロから、何でも揃える方式のジュンク堂に移籍した人だけに、両者の違いも随所に出ている。が、一番印象的だったのは、この超大型店に働く人でさえ、10年後の書店像に不安を感じていることだ。

 大型店でさえ先行きが怪しく、安泰なのはネット書店だけなのか。しかし、アマゾンの一人勝ちでは出版界の未来は暗い。書名には「すべての書店が繁盛しますように」という願いが込められているというが……。

 

 

●第55回●2006/9/22 『戦後戦記』佐野眞一著・平凡社

 佐野眞一の新刊をもう1冊。副題に「中内ダイエーと高度経済成長の時代」とあるが、1998年に出た『カリスマ――中内功とダイエーの戦後』の続編だ。

 2004年10月にダイエーが産業再生機構入りして産業界から退場を宣告され、翌年には中内本人が亡くなっている。「戦後最大の成功経営者にして戦後最大の失敗経営者」と言われる中内の軌跡から、この国の豊かさと貧しさが見えてくるという。

 その視点の確かさは否定しようもないが、いかんせん続編のオマケ本だ。記述の重複は目立つし、1冊の本として山と谷がない。佐野眞一もこんな甘い仕事をすることがあるのだな。

 苦し紛れに9人から評論・エッセーを集め、堤清二との対談も載せている。その9人の中では中村うさぎが秀逸だった。さすが消費の奴隷というか無駄買いの女王だ。「がっちり買いまショウ」に見入っていた庶民が「賢い消費者」へと成長していくが、それ自体が自己幻想だという。

 最悪だったのが吉本隆明。なにネボケてんだ。賞味期限切れで異臭漂う。

 

 

●第54回●2006/9/21 『小泉政権―非情の歳月』佐野眞一著・文春文庫

 昨日の自民党総裁選で安倍晋三が大勝した。「改革の炎、たいまつを受け継いでいく」のだそうだが、そもそも自民党が改革などと口ばしるのは、ドロボーが戸締まりを呼びかけるようなものだ。信濃の国の県議会も同じだが。

 自民党の国会議員が403人もいることには改めて驚いた。改革を言うのなら、政党助成金で飼われている国会議員を半減させたらどうか。長野県選出の議員を見ても、居ても居なくても同じだ。議員としての政治信条を棚上げして勝ち馬に乗ろうとするだけ、つまり保身第一の連中はいらない。

 さて本書だが、小泉政治の中枢に渦巻く異形の人間模様を描いて権力の最深部に迫るというもの。秘書官の飯島勲、政権の生みの親である田中真紀子、実姉で秘書を30年以上務める小泉信子の3人が取り上げられている。

 田中真紀子は既に各所で叩かれているので、興味は飯島と姉に向かうが、長野県辰野町出身の飯島はまさに異形の妖怪で、「裏小泉」のようでもある。

 人間の料理に長けた佐野眞一ならではの切れ味で興味深いエピソードも豊富だが、小泉退場の今となっては・・・。安倍が「第3次岸政権」となったら、国を捨てて移住したいが、格差社会のお陰で資金がない。

 

 

●第53回●2006/9/16 『遙かなるゲバラの大地』戸井十月著・新潮社

 56歳のオッサンがバイクで南米大陸を3万キロ、4カ月にわたって旅した記録だが、なんとも久しぶりにすがすがしい読み物だった。清冽さの理由は、南米という荒削りで人間味丸出しの舞台にもあるが、戸井十月という肉体派作家の変わらない姿勢によるものだろう。同時代に出てきた生江有二とは違い、自分を曲げていない。

 48歳から始めた5大陸走破行の第4弾にあたるこの旅の途上で戸井は「なぜ、この齢になってこんな過酷な旅を続けるのだろう」という自問を繰り返す。たぶん、その答えは最初から出ていたのだろうが、末尾で「忘れがちないくつかの教訓」として次のように記している。

 「世界には、名も知れぬ本物の旅人が沢山いること。道端の、名も知れぬ人々の暮らしのディテールの中にこそ真実があること。体を張っていない者のアジテーションや解説を鵜呑みにしてはいけないこと……」

 この旅にスパイスを加えているのは書名にもあるチェ・ゲバラの存在だろう。ゲバラの残映との奇遇な出会いもある。それにしても、その齢でゲバラに熱烈な支持を送り続ける「青さ」こそ、「団塊そば打ち男」などとは根本的に違うのかもしれない。「公」に目を向けるか、「私」に執心するか、と言ってしまえばやや短絡的だが。

 ラテン音楽にはまり、6年前にアルゼンチン、ボリビア、ペルーには行ったので余計に同調して読んでしまったが、底なし沼のような魅力があるアマゾンにもいつか行ってみたいと思わされた。

 

 

●第52回●2006/9/9 『いまここに在ることの恥』辺見庸著・毎日新聞社

 もう読むことはできないだろうと諦めていた辺見庸の新刊が出た。大病を経て4月時点では講演をこなせるほどに快復しているようだ。

 4年前に藤原新也も『空から恥が降る』というエッセーを出していたが、いまのこの国で起こる事象は確かに「恥知らず」なことが多い。そして、この恥とう概念さえ資本とマスコミによって覆い隠されがちだ。

 本書は、カンボジアの難民キャンプで死体を担架で運ぶシスターに辺見がカメラを向けた際、「ノー!」と激しく拒絶された体験から書き起こしていく。

 「死者とそれを運ぶ者の写真を撮ったことそれ自体が罪ではなかったのだと思う。外延から、内周の闇にも毒にも染まることなく、ただ見て撮って論じ書き妄想するだけの動作の尊大と無責任が、ある種の荒んだ愉しみ、すなわち罪ならぬ罪として告発されたのだ」

 こうした個人的な体験から、小泉劇場、憲法改正等へと恥を語る。広告屋に「ジャーナリスト宣言」なる惹句を作らせて悦に入る朝日新聞などは、恥を越えてジョークの世界か。まぁ、出版も恥の塊だが。

 

 

●第51回●2006/8/5 『「昭和」とは何だったのか』保阪正康著・五月書房

 明日は長野県知事選挙の投票日だが、街頭は意外なほど静かだ。田中でも村井でも、カレーでもオムライスでも構わないというこの冷めた空気は何だろう。弱肉強食の高度資本主義によって明日への不安と諦めは高じているが、「政治は関係ない」「自分のことで精一杯」ということだろうか。

 私自身、次の長野県知事よりも、次の総理の方が気に掛かる。安倍晋三が最有力と言われているが、その暁には、金があったら外国へ移住してしまいたいぐらいだ。政界の力学も働いているだろうが、安倍という虚像は「見栄えと話題性優先」のマスコミが仕立て上げたという点でも不快感はつのる。テレビ業界にとっては、今や総理大臣も視聴率を稼ぐ1つの商材なのだろう。テレビ朝日のご活躍が目立つ。

 さて、本書だが、延べ4000人の戦争体験者から聞き書き続けてきたノンフィクション作家が、昭和と戦争から何を学ぶべきかを論じている。

 「1930年代の日本軍による残虐行為は、少なくとも三世代には語り継がれるだろうと考えてもおかしくない。そういう同時代史の感覚に対して、私たちの国は歴史としてしか見る視点がない。そのズレが今、急激に拡大しているというのが現実の姿である」

 「加害者の側は、そのことを決して口にしないだろうから、史実はすべて被害者側の記憶として残り、それが伝承され続ける。少なくとも二世代から三世代においてはである」

 「中国社会の地下3尺には、反日、抗日のエネルギーが流れていて、それは私たち日本人の無自覚な言動によってたちまちのうちに火がつくという事実が示された」

 小泉は「心の問題」と強弁しているが、安倍は何を言い出すだろうか。

 

 

●第50回●2006/7/26 『渋谷』藤原新也著・東京書籍

 新刊の告知を見て「困ったな」と思った。藤原新也の新刊であれば迷わず読みたいところだが、渋谷の街にたむろする少女たちが題材とあっては、個人的な興味からは最も遠い。ちょっと迷って購入。しかし、結果は意外にもかなり面白かった。

 自慢じゃないが、ケバイ化粧で地べたに座り込んで大声でしゃべるような「ダメ子」たちとは全く接点がない(イイ子にも縁はないが)。しかし、本書に登場する25歳の元ダメ子がその成り立ちを解説してくれる。

 「援助交際をしていなくても、その身なりから『公衆便所』のように見られます。彼女たちは、自己を過大評価して強くなるしかないんだと思います。弱さの裏返しで、他人の足もとを見て虚勢をはるしかありません。25歳ぐらいになってようやく『自分が何者でもない』ことに気づくはずです。社会や親に、タイトにしつけられたからルーズになるのではなくて、大人からルーズに扱われるからルーズになるのではないでしょうか」

 反抗的な青年期を過ごした人間には痛いほどよくわかるよ。「あとがきにかえて」で著者は「日常の中においても制度というものから逸脱するこの年齢の存在や行為には、ある意味で人間の姿や世界の正体を赤裸々に浮かび上がらせる狂気と、そして時として祈りが混在しているように思える」という。

 「人間の姿や世界の正体」はこの場合、当人と母親の関係に直接的に投影されるわけだが、「少女との異常な関係にある現代の母親の持つ歪んだ母性を覗き見る過程でもあった」「逆に言えばこの母親という存在も現代という時代状況の中で本来的な母性を失わざるをえない被害者であると見なすころができる」とも記している。

 決して少女だけのストーリーではなく、現代日本を象徴する物語だ。それにしても、書評であまり見かけることもなく、ベストセラーにも顔を出さない。活況だった情報センター出版局から出た『乳の海』から20年、時代が藤原新也からずれたのか。

 

 

●第49回●2006/7/25 『山びとの記 増補版』宇江敏勝著・中公新書

 身びいきや手前味噌ではなく、5月に小社から出版した『森づくりの明暗』の著者である内田健一氏は間違いなくこれから先、日本の森林・林業界で重要な役割を果たしていくだろう。道は限りなく険しいし、異端の謗りも受けるだろうが、とにかく頑張っていただきたい。同書の売れ行きは県内ではボチボチだが、県外で少し勢いが出てきた。素直にうれしく思う。

 さて、その森林・林業の世界で実務的にも哲学的にも読ませるのがこの宇江敏勝だ。拡大造林の後期に紀伊半島の山中に住み込んで林業に従事しながら「山の作家」となった宇江は、自然や人や労働を、厳しい肉体労働と山中の深い孤独を踏まえて昇華した文章でつづる。『森をゆく旅』や『炭焼日記』(いずれも新宿書房)はおすすめだ。

 本書は植林や伐採といった山の労働と長く泊まり込んだ小屋での生活を記したものだ。高度経済成長へと差しかかる青年の頃、社会的地位や金銭を人より多く得ようと考えたことは絶無であったと明記している。これも経済成長に伴って日本人が失っていったものの一つだろうか。資本主義はどこまでも貪欲で、ミーイズムの延長でしかない「ロハス」とやらがもてはやされる昨今である。都会人よ目を覚ませ!

 

 

●第48回●2006/7/12 ワールドカップ観戦記

 ワールドカップ期間中はとても本なぞを読む気にはなれなかった。これも「熱狂」の怖いところだが、4年に1度のお祭りだから許していただこう。小社に出入りしている某営業マンも早朝3時に起きて決勝戦を観たそうだが、自分の年齢を考えてか、会社ではこの事実を伏せてあるそうだ。でも、若者だけにサッカーの楽しみを独占させておくのも悔しいよね。オジサン選手も健闘していたのだから。

 2選手の引退が終盤の話題を独占した。

 日本代表を10年近く引っ張ってきた中田はホームページでメンバーに対して「伝える」ことの難しさに触れていた。引退発表後の関係者のインタビューでは中田の功績を讃えたりねぎらう言葉が多かったが、同じボランチの福西が「負けたということは伝わらなかったということでしょ」とクールに返していた。セルジオ越後の「中田頼みから脱却して敗因を分析しろ」という言葉も重かった。

 神の領域とまで言われたジダンの頭突きも強烈だった。移民の子であるジダンと日本人のメンタリティーから遠い所にいる中田。実力の世界に生きるスポーツ選手が否応なく国情や国民性を反射してしまうところもサッカーの面白いところだろう。しかし、この2つの引退劇は「スター選手をあまり神格化するな」と語っているようでもある。劇場化はほどほどにということか。

 

 

●第47回●2006/5/18「団塊パンチ」創刊号・飛鳥新社

 中高年向けの新雑誌が創刊された。編集後記によると「精神のアンチエイジング、団塊世代の心のプラットフォームのような存在」を目指すという。団塊の尻尾にいる知人は自戒を込めてこの世代の特質を「いいとこ取り」と言うが、その自覚のない人がなんと多いことか、と下の世代の私は思う。「心のプラットフォーム」なんて怪しいぞ。

 創刊号は「未来は後方にあり」として、1960年代のサブカルチャーを特集している。ラインナップはボブ・ディラン、ヤング720、VAN、力石徹、川添象郎、キャロル、水木しげる、初期の国産ロックフェス、60年代の101冊など。「さらば20世紀、あばよ60年代」と銘打った鼎談ではロック雑誌「ロッキング・オン」の渋谷陽一が商売上手故にやり玉にあげられていたりする。

 個人的には片岡義男に関する記述でFM東京の「気まぐれ飛行船」を、森永博志でNHK-FMの「サウンド・ストリート」を思い出したりしたが、前者はほんわかクールで、後者はひたすら熱かった。両番組は70年代~80年代前半のものだが、当時はまだ60年代的な空気が残っていたのだろう。101冊のコーナーに、「サブカルチャーとカウンターカルチャーが同義だった時代」という記述があるが、そうだよなー。

 次号の特集はビートルズらしいが、この雑誌は単なるノスタルジーを越えることができるのだろうか。

 

 

●第46回●2006/5/10『国家の罠』佐藤優著・新潮社

 鈴木宗男と共に日露外交を壟(ろう)断したとされる外務省職員の佐藤優。話題の本だったが後回しにし続け、発行1年後に購入。この3月で16刷だ。

 佐藤は北方四島へのディーゼル発電機設置工事を三井物産に受注させるに当たり偽計業務妨害に問われたが、終始否認を貫いた。本書は地裁判決までの獄中記の体裁をとりながら、事件の全容を解き明かすと同時に、外交とは何かを体を張って訴えかけている。「特殊情報」に命をかける佐藤こそが真の外交官であって、キャリア組は出世しか頭にない税金泥棒に思えてくる。

 本書によると、旧来の利益分配型の政治を推し進める鈴木宗男は、国策捜査によって断罪されたのだという。担当検事も「国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要だ」と語ったそうだ。国策の適用基準はワイドショーなどのマスコミ報道を含めた一般国民の基準で決められるというが、当然それだけではないだろう。

 加藤紘一、辻本清美、田中真紀子、鈴木宗男・・・彼らは多くの政治家が行なっている微罪によって政治活動を一時的に止められた。彼らに共通するのは「アメリカに都合の悪い存在である」ということだ。それぞれの局面でアメリカに耳障りな政策を提示して、それなりの注目を集めていた人たちだ。玉石混淆ではあるが。

 本書では1行も触れていないが、国策捜査にはアメリカの意思が働いていると思うのだが、どうだろう。コイズミの治世において、その力がより強く作用するのではないか。

 

 

●第45回●2006/5/9『検索エンジン戦争』佐々木俊尚&ジェフ・ルート著・アスペクト

 日頃、検索エンジンの検索ランキングに疑問を抱いていた。何を根拠に序列化しているのだろう、と。

 グーグルの場合、「リンクをたくさん貼られたサイトは良いサイト」というコンセプトを発展させて、「人気のあるサイトからリンクを貼られたサイトは良いサイト」という考え方が基本にあるらしい。その人気度は各サイトを0点~10点の11段階に査定した「ページランク」によって格付けされる。そして10点のサイトからリンクを貼られると10点、0点のゴミサイトからだと0点というような得点方式なのだそうだ。

 星の数ほどあるサイトを序列化するには何らかの機械的な基準が必要なのだろう。グーグルのこの方式は合理的にも見えるが、コソクでオタク的な執念によってもページランクは上がる。既存の社会的・経済的な階層秩序もランクに影響を与えているだろう。旧来の権威をつき崩す、自由でオープンな世界の土台とはこんなものか。ついて行けねーな。さしずめ当サイトは0点なのだろう。shit! ヤフー・グーグル・アマゾン・マイクロソフトで戦争でも何でもしておくれ。

 

 

 

●第44回●2006/5/3『ウェブ進化論』梅田望夫著・ちくま新書

 10年近く前、ケータイとインターネットが急激に広がり始めた頃、イヤ~ナ感じを強くもった。書籍出版という仕事柄もあるが、思考全般があらぬ方向へ持って行かれてしまいそうな予感があった。おしなべて「保守」というものが嫌いなのだが、これに関しては保守的だ。ケータイは未だに持っていない。しかし、インターネットは使わざるを得ないので、ちょっとお勉強をしようと思った。

 本書はそんな電脳保守派にはたいへん参考になる。「ロングテール」という理屈には納得。楽天主義と行動主義が支えるネットの進化は、旧来の権威をつきくずし、知の世界の秩序を再編成しつつあるという。なるほど、世界はバラ色だ。ある1つの分野を除いては。

 表現者や供給者として現在「飯を食っている人」は、趣味として無料で表現や供給をする人と競っていくことになり、「消費者天国・供給者地獄」が待っている。「先進国の表現者が『飯を食う』すべは、相変わらず既存メディアに依存し続けるだろう」と著者も予想するが、ネットと既存メディアが共存する中で、1流半や2流はほとんど食えなくなるのだろう。3流出版社はどうする! 時流とともにご退場か。

 検索エンジンについてはどうも納得できないので、もう1冊読んだ(次回)。著作権に関してもサラッと書いているが、引用規定などの基礎知識がないと本来の意味は理解できないだろう。どうも楽天的にはなれないまま読了。ただし、ゴミのような新書が乱造される中で、新書らしいいい本だと思う。

 

 

●第43回●2006/4/25『自分自身への審問』辺見庸著・毎日新聞社

 辺見庸の遺書のような本が届いてしまった。

 12年前、話題となった『もの食う人びと』にたいした感慨はなかったが、近年の『永遠の不服従のために』『いま、抗暴のときに』などには、情況に抵抗する切迫感があふれていた。抵抗の対象は、9.11~イラク戦争の中で価値観の底が抜け、ヌエのようなファシズムが潜行し、ふやけ、ふぬける日本と世界であった。

 そんな辺見が脳出血と癌を相次いで患い、手術前後に自由の利かない手で本書の原稿をパソコンに打ち込んだという。半死半生の状態でも「抗暴」(反動的暴力に抵抗し反撃すること)を続けている。

 無理を重ねて命を縮める原因にもなった米英軍のイラク侵略や日本政府の憲法破壊に関しては、戦争の不当性に憤りながらも、怒りの本質は「この国独特のどこか安手のシニシズム」に向けられていたという。

 また、ライブドア事件に関しては、「市場はあくまでも厳正な法治下にあり公正に運営されている、というふりをする」「市場にはもともと言葉の本質的な意味でのモラルなんかあったためしがない」としたうえで、マネーゲームによる取引額がモノを伴う貿易額の100倍を超すいま、それ自体が世界規模の巨大な犯罪みたいなものだという。今回の事件は賭場のような資本主義を延命させるために一部のルール違反者を摘発したに過ぎないと指摘する。

 そうだ、そもそもマネー市場や証券市場なんてものはマトモな世界ではない。しかし、我々はこうした資本の妖怪の影響を、今後否応なく受けていかなくてはならないのだろう。欧州では資本市場に関する細かな規制があるそうだが、エコノミックアニマルはやることが違う。

 書名でもある「自身への審問」は「……これまで人間関係のほとんどを損ない、一つの家庭もまともにつくることのできなかったお前が、さも偉そうに世界の悪を難じ……」という意外でもあり、当たり前でもある一節に集約されるようだ。

 家庭の安寧と社会的行動はなかなか両立しない。大半は前者のみだ。そして、辺見のような人がこうした小市民の一部から「お前に世界を語る資格はない」「お前は一人前じゃない」などという底意をもたれているのも事実かも知れない。日本人独特の冷笑をまぶして。しかし、辺見はこの厳しい審問に対して若干口ごもりながらも疎明している。

 「平穏無事な家と血まみれの世界を分かつ境界なんかない」「世界の惨劇と私たちの日常は昔もいまも地つづきで、しかもひどく隣接していると思う」

 

 

●第42回●2006/4/5『麻原彰晃の誕生』高山文彦著・文春新書

 弁護団が控訴趣意書を提出しなかったために死刑が確定しそうだという麻原彰晃。戦後史で特筆される大事件の被告人であるにもかかわらず、裁判自体は世論に押されて結論ありきで、肝心なことが何も解明されていないという。

 ワガ国は戦争責任にフタをしたように、戦後日本の負の遺物に対しても向き合うことなく、葬り去ることだけを求める。経済発展後の社会から半ば必然的に出現したオウムやホリエモンを、単なる怪物や跳ね上がり者として片づけていいものだろうか。

 その麻原彰晃を高山文彦がどう描くか、初出の月刊現代を見逃していたので興味深く読んだ。

 家庭の貧しさから、まだ目が見えたにもかかわらず就学奨励金を目当てに盲学校へと転校させられた少年時代に、怨嗟の芽が見られる。体格にも恵まれた麻原は高等部で柔道部に所属して学校内で傍若無人に振る舞うが、強面の教師に叱られると「もう先生、もうせんです」と声を上げて泣き出したという。状況と相手次第で態度を豹変させる様は、法廷や獄中での身の処し方に通じる。生徒会長選挙に立候補したり、政治家になると公言したりと、俗物的な上昇志向は当時からのものだ。

 著者は後記で「私には麻原が、戦後の高度成長と公害の先端から生まれ出たさびしい怪物のように見える」と書く。やはり「怪物」という結論しか導きようがないのかと思いきや、それに続いてこうも記している。

 「その怪物は、私たちのこころのなかにも棲みついている。彼を『外部』に置いて見るのではなく、『内部』に置いて考える。彼を経験化することが求められていると思う」

 

 

●第41回●2006/4/4『ノレ・ノスタルギーヤ』姜信子著・岩波書店

 今春公開の映画『ナミィと唄えば』の企画者で、その原作本『ナミイ! 八重山おばあの歌物語』(岩波書店)を書いている姜信子の2003年作。たまたま書店で見かけて購入した。

 書名のノレとは韓国語で「歌」、ノスタルギーヤはロシア語で「郷愁」の意味で、「未来へと携えていく、大切なものへの想いを歌う調べ」という意味合いを込めているらしい。

 飢饉や日本による植民地化によって朝鮮半島を離れロシア極東へと移り住んだ高麗人が、1937年にスターリンによって中央アジアへと強制移住を命じられる。その高麗人=コリョサラムは苦難の中でロシアの文化と言語を身につけてソ連市民として生きていくが、「天然の美」という日本占領下で流行した歌のメロディーが歌い継がれる。これがこの本のプロローグだ。

 流れ着いた荒野に生きる者が奏でる「ノレ・ノスタルギーヤ」を追って著者の旅は東欧のユダヤの民「クレズマー」から島原、水俣、八重山へと及ぶ。荒野に風が響くような文章は石牟礼道子のアニミズム風の詩情を想わせる部分もあるが、この本の欠陥はストーリーに核がないことだ。未読だが、同じ著者による『追放の高麗人』(石風社)の方が焦点が絞られているのだろう。

 それにしても、原則返品不可の岩波本。238Pで2400円という高飛車な定価設定はどうにかならんものか。

 

 

●第40回●2006/3/27『編集長を出せ!』岡留安則著・ソフトバンク新書

 これまた乱発気味の岡留本だが、つい手が出てしまった。もともと「噂の眞相」の熱心な読者であった訳ではないが、メディアの閉塞感が強まる中で、廃刊後に改めてその存在が際立っている。

 『「噂の眞相」25年戦記』同様、中身は発行していた雑誌ほどには刺激的ではない。冒頭、猪瀬直樹や本多勝一との決別の事情が記されるが、これらはかなり知られていること。長野県は変節する巨怪を生みやすいのか。

 この両人はどうでもいいが、同じノンフィクション作家の生江有二の凋落については寂しい思いで読んだ。不良や落ちこぼれに共感を示して熱く語る生江を高校生の頃、ラジオ短波で聞いた。オカルトや気功術、そして住宅ローンが彼を追いつめたらしい。ノンフィクションの道は厳しいが・・・

 やはりスキャンダル雑誌を発行し検察に逮捕された鹿砦社の社長に岡留は厳しい目を向けている。あまりに情念的なイケイケ主義で相手を追い込む記事づくりに疑問を呈しているわけだ。ヒット・アンド・アウェイで、したたかに場の流れを読めということらしい。なるほど。

 そう言えば、今の長野県議会は情念丸出しでみっともないね。田中側にも問題ありだが・・・

 

 

●第39回●2006/3/26『「朝日」ともあろうものが。』烏賀陽弘道著・徳間書店

 ピンク色の表紙カバーは何だかいかがわしさを漂わせるが、若い新聞記者の煩悶と新聞社の内実が真摯に記されたいい本だ。

 著者は1963年生まれで86年に朝日新聞社に入社、支局から「アエラ」を経て2003年退社して現在はフリー。書名は読者からの苦情電話の枕によく使われる言葉だそうだが、内外の勘違いを象徴しているのだろう。

 今どき捏造を強要する上司がのさばる支局の実態には呆れるが、支局から東京本社へ呼ばれることを願う20代後半の記者たちの焦りが、先の長野支局のような大誤報を引き起こす一因だという。

 ゴシップめいた見出しが目次に踊るが、この著者はきちんと本論も押さえている。

 最も共感する指摘は、記者クラブ制度を温存させていると、「今、何が問題なのか」「何を議論すべきなのか」「何を知るべきなのか」というテーマを見つけて社会に提示する「アジェンダ・セッティング」の能力が萎えていくということ。こうしてピントのずれた記者が量産されていく。いくら学業優秀であっても、ジャーナリストとしての基本的な資質が養われないのだ。

●第38回●2006/3/25『世界と僕たちの、未来のために』森達也対談集・作品社

 乱発の森達也ものながら、対談相手の多彩さに引かれて購入。鴻上尚史/小室等/斉藤貴男/田原総一朗/中川敬/宮崎学など総勢31名。私の嫌いな重松清まで入っていた。

 アジアプレスの綿井健陽、『誰も知らない』の是枝裕和、『ゆきゆきて、神軍』の原一男ら映像畑の人士を相手にした時が最もいきいきしているように感じられた。逆に学者相手の場合は内容がチト難しくて、いい睡眠導入剤になってしまった。

 本書の膨大な発言群の中で一番引っかかったのは、オウムについてあえて言及を避けていたという姜尚中の次の言葉だった。

 「例の麻原彰晃については、一時期いろいろな噂や流言蜚語が流れました。被差別部落出身者ではないかとか、在日ではないかとか。オウム事件が起きてからたまたま熊本に帰ったときに、床屋に入ったら、床屋のご主人が『いや、それにしてもオウムってのは怖いですね。あれは日本人じゃないでしょう』とお客さんに言うんですよ。僕はそのときに何かえも言われぬ、名状しがたい気持ちになったんです」

 それにしても、この書名はないだろう。9.11を受けた森の著書『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』の二の線を狙ったんだろうが、鼻が白くなるゼ。担当編集者のセンスが悪すぎる。読了40日後の日記でした。いかん。

 

 

●第37回●2006/3/13「ななお さかき 詩の朗読会」

 新刊の編集に追われて1カ月以上、更新が途絶えてしまった。ネット不信は増すばかりだが、もう少しこの日記を続けよう。

 さて、3月11日に長野市のライブハウスで放浪の詩人ななお さかきによる詩の朗読会があった。1960年代以降のカウンターカルチャーを代表する詩人だが、今やカウンターカルチャーなんて言っても、「なんじゃそりゃ」という受け止め方が大勢だろう。ま、いいか。でも、会場には20代、30代の人も多かった。

 高齢で大丈夫なのかという噂も耳にしていたが、83歳の翁は声もよく通り、冗談を飛ばしながら、1時間半ほどのリーディングを軽やかにこなした。

 湿っぽい情念とは対局にある乾いた言霊は、独特の抑揚に乗せてまさに「胸に歌」「心に風」を吹きかける。一歩間違えば学者にでもなっていたかも知れないフーテン詩人の作風はどこか数学的でもある。

 18歳の頃、某歌手の影響でアレン・ギンズバーグは読んだが、ななおや山尾三省には縁がなかった。季刊誌「たぁくらたぁ」発行人の野池元基氏がななおの友人であることから、長野での朗読会が実現した。

 初見であっても、朗読開始数分で「変わらない」と実感。まさに不易だ。そう、富や名声、地位や世間体は相対的なものでしかないんだ。自分の足元を深く掘ろう。(できればね)

 

 

●第36回●2006/2/4『終わりなき旅』井出孫六著・岩波現代文庫

 太平洋戦争で日本は国策として大陸に27万人の満蒙開拓団を送り出したが、ソ連参戦に伴う関東軍の逃亡により、開拓農民は文字道り「棄民」となり、3分の1強が犠牲となり、生きながらえた人の中にも多くの「中国残留孤児」を生んだ。関東軍の戦死者4万7000弱に対して、開拓団の犠牲者は8万余名だ。

 長野県から満州に送出された開拓団は108、人員総数は3万3700余名で、全国で突出している。養蚕に依存する多くの農山村が霜害と糸価の暴落によって困窮に陥り、財政の破綻した村では国策に従わざるを得なかったという事情と信濃教育会の存在が長野県の数字を押し上げている。

 本書は副題に「『中国残留孤児』の歴史と現在」とある通り、中国侵略の歴史を縦軸に、1980年代に本格化した「孤児」たちの肉親探しと日本への移住を横軸にして編まれる。『抵抗の新聞人 桐生悠々』の浅薄さにズッコケて以来、この人の著作を読まなかったが、この本は間違いなく名著だ。井出モーロクなんて言ってるのは誰だ。

 敗戦国が全力をあげて最初にすべきことは、被占領地域における同胞の安全を計ることにあるというが、日本はこれを怠った。臣民はお国のために戦ったが、国は民草を見捨てたのだ。靖国神社に参拝する政府要人どもは、英霊などという言葉を軽々に使うべきではない。

 忙しさにかまけて読了1カ月に書いてみたが、ダメだよな~。

 

 

●第35回●2006/1/15『歌旅日記 アジア編』豊田勇造著・ビレッジプレス

 ボブ・ディランや黒人ブルースの影響を色濃く残す関西フォークの異端歌手、豊田勇造。ライブハウスを中心に年間100カ所程度の「歌旅」を今でも続け音楽生活は30年を越えた。国内ツアーの模様をまとめた前著『歌旅日記』から25年が経つ。

 1970年代後半にはレゲエにのめり込み、単身ジャマイカに乗り込んで現地録音のレゲエアルバムを発表したのが1980。1983年頃まではこの人のレコードをよく聴いていた。

 時代と向き合う歌も多かったが、80年代中頃からはカラワンバンドとの交遊が縁でタイと日本を行ったり来たりとなり、「日本の今」とは離れていく。ジャマイカやタイに身を委ねた歌い手の目には、バブルに浮かれだす日本は歌づくりの対象にならなかったのかも知れない。一方で、私はタイ流のユルくレイドバックした歌に馴染めず、次第にこの人の歌を聞かなくなった。

 本書はそのタイを中心としたアジア各国への旅日記である。タイでの生活も長くなりタイ語も小学生程度にはしゃべるようなので、よくある旅行記とは趣が異なり、現地の人と暮らしの細部を見つめる。例えば、普段はスピードを落とす程度で荒っぽく乗客に乗り降りをさせるバンコクのバス停に盲目の人がいると、近くにいる宝くじ売りの男が大声で盲目の男にバスが来たことを告げ、バスはじっとエンジンをかけたまま待つという。

 少し前までは日本もそうだったが、今の日本はそこから遠い。日常の些細なことだが、だからこそタイが好きなのはよく分かる。本書の末尾にはタイ語と日本語を交えて1時間半のステージを現地でやり通した喜びが記されている。

 貧しくてもタイの人々の方が幸せかも知れない。それへの共感は理解できる。しかし、今の日本を、その中にいる自分を、豊田勇造には歌ってほしい。

 

 

●第34回●2006/1/6  2005年の新刊ベスト10

 いろいろと風向きは厳しいが、兎にも角にも新年。小社は13年目、今年は少し巻き返そう!

 昨年発行されたノンフィクションのベスト10を掲げます。

1位『我、拗ね者として生涯を閉ず』本田靖春著・講談社

2位『ボブ・ディラン自伝』ボブ・ディラン著・ソフトバンクパブリッシング

3位『「生きる」という権利』安田好弘著・講談社

4位『阿片王』佐野眞一著・新潮社

5位『満蒙幻影傅説』森川方達著・現代書館

6位『「話の特集」と仲間たち』矢崎泰久著・新潮社

7位『日経新聞の黒い霧』大塚将司著・講談社

8位『ドキュメンタリーは嘘をつく』森達也著・草思社

9位『隠された風景』福岡賢正著・南方新社

10位『食育のススメ』野池元基編著・川辺書林

 6月以降に発行されたものはこの日記に書いたので、上半期に発行されたものを記すと、1位は硬骨のノンフィクション作家の自伝、6位は1965年から1995年まで発行されたサブカル誌の草創期の熱気を伝える。8位の著者は最近乱発気味で希釈され過ぎたが、この辺までは良かった。9位は「死の現場を歩く」という異色ルポ。この著者の『国が川を壊す理由』(葦書房)と『たのしい不便』(南方新社)は名著です。

 10位に自社本を入れて反則だが、決して我田引水だけではないのです。食と農にかける熱意が伝わるはず。売れてほしい!

 

 

●第33回●2005/12/31『噂の女』神林広恵著・幻冬社

 ちょっと怪しげなタイトルとブックデザイン。でも、ミステリーや芸能本ではない。昨年休刊したスキャンダル雑誌『噂の眞相』の女性編集者が、青春の16年間を捧げたその舞台裏を激白するというもの。

 反権力の硬派記事からエログロ、ペログリ、宅八郎まで、希有な存在感を示した雑誌に普通の短大生が就職してしまうことから物語は始まる。

 著者は入社6年目に取材執筆した「社会派推理作家・和久竣三の信じ難き素顔を初めて暴く!」という記事を名誉毀損で刑事告発され、10年弱の裁判闘争の末に懲役5カ月・執行猶予2年を食らってしまう。その間の東京地検特捜部とのやり取りが本書の白眉だろう。

 オドロオドロしさの漂う雑誌でありながら、著者の筆運びは明るくさわやか。しかし、その軽さの中にも考えされることは多い。東京地検特捜部の手口、言論の自由と名誉毀損、反権力やスキャンダルの意味、雑誌および編集者の旬とやめ時…。

 編集長であった岡留安則の『「噂の眞相」25年戦記』よりも数倍いきいきと雑誌が持っていたバイタリティーを感じさせてくれた。

 

 

●第32回●2005/12/30『王道楽土の戦争』吉田司著・NHKブックス

 ザレた文体とサングラスが嫌いという人もいるだろうが、ツボにはまった時には面白い吉田司。

 本書は、戦後の高度経済成長は満州でのノウハウを応用したもので、バブルがはじけた今、いつか来た道をたどりつつあるとして、自身が関わった個人情報保護法反対の共同アピール活動を結びにもってきている。

 戦後日本の繁栄を支えた鉄道ネットワークや自動車王国化は満州での実験に基づく「満州からのプレゼント」であるから、戦後日本の下半身は軍国主義の軍靴のままで、上半身の頭(観念)だけは反戦平和に染まっている。つまり、戦後日本とは戦争と平和が合体した奇怪な半人半馬(ケンタウロス)だという。

 異議なし。しかし、引用過多で、自らの過去ネタも多用するなど、安易な稼ぎ仕事の観は否めず。もっと真面目に突っ張ろう。

 

 

●第31回●2005/12/28『「生きる」という権利』安田好弘著・講談社

 副題に「麻原彰晃主任弁護人の手記」とあるが、オウム裁判をはじめ山谷暴動、新宿駅西口バス放火事件、名古屋女子大生誘拐殺人事件等々、冤罪を含む死刑事件の弁護をすすんで引き受ける硬骨の弁護人の手記だ。

 一般に「人権派弁護士」などという形容がよく使われるが、ここまで金銭や立場の計算を度外視して「弱い人」に肩入れする弁護士はいないだろう。

 「事件は貧困と裕福、安定と不安定、山の手と下町といった、環境の境目で起きることが多い。(中略)個人的な不幸だけでなく、さまざまな社会的不幸が重なり合って、犯罪を起こし、あるいは、犯罪に巻き込まれていく。ひとりの『極悪人』を指定してその人にすべての罪を着せてしまうだけでは、同じような犯罪が繰り返されるばかりだと思う。(中略)その意味で、一個人を罰する刑罰、とりわけ死刑は、事件を抑止するより、むしろ拡大させていくと思う」

 と著者は自身の人間観・社会観・刑罰観を記すが、本書の解説によると、死刑事件にこだわる理由は「変節しないという、自分自身への歯止め」でもあるという。著者は学生運動に関わっていたのだが、団塊諸兄よ、どう思う。

 地下鉄サリン事件の審理はお粗末極まるが、列記された他の死刑事件をみても、警察・検察、そして時に裁判所という所は自分たちの筋書きを押し通すためには何でもやらかすのだということがよく分かる。マスコミの煽りや、それに基づく世論も、公正であるべき裁判を歪める。

 怖くて下手に犯罪は起こせない。近未来の日本では、司法の堕落が犯罪の抑止力になるのだろうか。

 

 

●第30回●2005/12/6『ナツコ 沖縄密貿易の女王』奥野修司著・文藝春秋

 今年の講談社ノンフィクション賞受賞作なので一応押さえておこうと思って購入したが、完全にスカ本であった。

 戦後の1946年から1951年まで、沖縄は密貿易による好景気に沸いたそうだが、公式・非公式を問わず文字として残されていない伝説の密貿易人であったナツコという女性の足跡をたどるというもの。だらだらと聞き書きが続く。これがオビに謳う「驚異のノンフィクション」かいな? 賞の選者たちの目を大いに疑う。

 沖縄や台湾の戦中・戦後に翻弄された家族の物語という点では、与那原恵『美麗島まで』(文藝春秋)の方がはるかに数千倍面白い。

 

 

●第29回●2005/12/4『731』青木冨貴子著・新潮社

 第18回で書いた『悪魔の飽食』と同じく、日本軍が満州に創設した細菌戦遂行・研究のための「七三一部隊」の闇に迫る。

 部隊長の石井四郎は戦後、「終戦当時メモ」「終戦メモ」という2冊の自筆ノートをお手伝いさんをしていた女性に預けたが、この女性が存命で、著者はこのノートを読み解くことにより不可解な戦後処理の暗部を明らかにしていく。

 間違いなく労作である。が、緻密な取材によりディテールが積み重ねられても、我が痴呆症ぎみの頭では完全に咀嚼するのは困難だった。枝葉は細密だが、ストーリーを転がしていく幹が仕掛けられていないため、枝葉に追われてしまう。

 それでも、ソ連に細菌兵器に関する情報を渡さずアメリカが独占するために石井の戦犯を免除したのは、マッカーサーの強い意思であったことなどからは、占領政策を含めたアメリカの政治・軍事の不気味さが感じられる。

 

 

●番外●2005/12/4 言い訳

 いやはや、1カ月以上、更新を怠ってしまいました。ちょっと忙しかったのです。そのうえ、コンピュータ化の進展になんとかついていこうと、編集ソフトを「In Design」というものに切り替えていたため、熱が出そうな日々でした。この間に読んだのは2冊だけ。数少ない読者諸兄(いるのか?)、今後もよろしくご覧ください。

 

 

●第28回●2005/10/29『村八分』山口冨士夫著・K&Bパブリッシャーズ

 1970年代に「村八分」というロックバンドが存在したことを、いったいどれだけの人が知っているだろう。信州では300人くらいかな。しかし、熱狂的なファンが多く、アルバムの販売力は1万程度はあったらしい。

 オドロオドロしい歌詞と骨太なサウンドは、ストーンズのアングラ版というかパンクの先駆けというか。メンバーはドラッグ漬けで何度もパクられている。個人的には興味がなかったが、友人が数年にわたりギタリストの山口冨士夫のもとに通いつめてバンドの軌跡を語り下ろさせたのが本書だ。

 さぞやドロドロした内容だろうと思いきや、山口冨士夫は意外に真っ当でいい人っぽい。パンクな人情派か。「やっぱロック。ロックじゃないと話にならない。(中略)日本人のロックンロールやりたいヤツのギターに欠けてるのはホンキートンクだ。お前ら欠けとるぞって感じ。『ロックはいいけどロールはどうした』ってキースが言ってたけど」。絶滅危惧種のロック魂が熱い。

 付属の8曲入りCDを聞くと、ボーカルが良かったら、と思わずにはいられないが、それを含めての村八分なのだろう。

 

 

●第27回●2005/10/25『編集狂時代』松田哲夫著・新潮文庫

 「王様のブランチ」出演以来、カリスマ視が強まった筑摩書房のスーパー・エディター松田氏の半生記。「編集者は黒子であれ」と言われ続けてきただけに、その突出ぶりが目立つ。

 まず驚き、そして「やはり」と納得したのは松田氏が文芸などのメインストリームからではなく、マンガという傍流から出てきた人であるということだ。「ガロ」で時代の空気を存分に吸収したうえで筑摩に入社、浅田彰『逃走論』、赤瀬川原平『老人力』などのヒットを連発、「ちくま文庫」を創刊した。

 スノッブなヤリ手かと思いきや、「あまりキレ者に見えない」と南伸坊が証言する。時代も良かったのだろうが、陰の努力が大きいのだろう。

 本書とは関係ないが、主に文芸の編集者は召使いのように作家先生に従うのが仕事のうちなのだが、そういう世界では原稿を「お原稿」と言うらしい。気持ちワリ~。

 

 

 

●第26回●2005/10/24『エースを出せ!』日垣隆著・文春文庫

 孤高(?)なファイター(喧嘩屋)日垣氏の2002年作。報道・テレビ・犯罪・政治・科学・世相の分野で、深刻な危機にもかかわらずボンクラが支配する状況に対して「エースを出せ!」と「返り血を浴びる覚悟」で迫る。

 第1章の朝日新聞「天声人語」が本書の白眉だろう。天声人語の内容が陳腐で表現力も構成力もないことが、これでもかと例示される。当該の人語氏は身も世もないだろう。さらに朝日の自社記事批評枠「紙面批評」に日垣氏がリレー連載を依頼され、その記事で急所を突いたために第3回目であえなくその欄が廃止されるまでの経緯は、新聞社の隠蔽体質をリアルに伝える。

 〈犯罪〉の章は心神喪失がらみの惨劇に関する投げかけが重い。同じ章の交通殺人や〈科学〉の不妊治療も考えさせられる。〈テレビ〉の章は暴投ぎみだが、ご愛嬌か。左は死に絶えそうなので、元気な右打者とのエース対決を期待したい。

 

●第25回●2005/10/11『「終戦日記」を読む』野坂昭如著・NHK出版

 山田風太郎、高見順、永井荷風、徳川夢声、中野重治、海野十三、藤原ていらの日記を読みながら、あの時代、大人たちは何を考え、どう生きてきたのか、自身の体験も振り返りながら、昭和20年8月5日の原爆投下から昭和22年の「インフレと飢え」までを辿り直している。

 「突然の敗戦宣言に呆然、惨憺たる日常に、すっかりやる気をなくしていた民草、素直に受け入れたことになっているが、ぼくは、日本国民、十二月八日に呆然として、そのまま、呆然と、戦争の何たるかを知らぬまま、知ろうともしないまま、ほとんどの人間が、戦争を他人ごとと受けとって、呆然と過ごし、八月十五日、ようやく戦争を認識した。負けて呆然から抜け出した」

 「藤原ていの夫君の新田次郎をふくめて、引揚げを経験した作家は何人もいる。その彼らが書いていない。「書けない」「語れない」のだ。人の死ぬのがあたりまえの状態の継続する中で、助かった人が書けるのは、自分たちは幸運だった、誰かに助けてもらった、といったことだけ。その陰で何があったのか、生き残った者は口を閉ざす。八月十五日で終わり、銃口を自らに向ける敵と相対した経験のない内地の人間は書く」

 「大きすぎる問題は政治家任せに、その政治家は、身の丈を越えた問題は外国任せにするという構図は、この時期に仕上げられた。(中略)経済面でアメリカに追いつけ追い越せ。反省いっさいなく、何も考えず、その場その場を、いわば局地戦を何とか凌いで、GNP二位に浮かれたのが、ぼくらの世代である。ひっかかえた、数々の厄介な問題は、もつれにもつれ、リセットも後戻りもかなわない。(中略)やはり本来ならば、少し落ち着けば日本人の手で、あの戦争の原因を探り、当時の政治の誤りを探り、本当の意味での戦争犯罪者は誰だったのかを追及しなければいけない。反省すべきところは反省し、謝罪すべきものには謝罪をする。(中略)それは、日本にとって、日本人にとって、未来に生き残るための大きな知恵となるはずだ」

 引用された日記群よりも、以上の3つの野坂自身による地の文が胸に落ちた。

●第24回●2005/9/29『密漁の海で』本田良一著・凱風社

 1年以上「積んドク」状態だった本。でも、意外と面白かった。

 舞台は北方4島と根室、時は1960年代から先のムネオスキャンダルまで、国策(対ロ政策)の変化に応じて国境の海で暗躍した男たちの航路をたどる。

 北方領土水域では、ソ連への情報提供の見返りに安全操業を保障される「レポ船」から、密漁後に高速船で逃げ切る「特攻船」、日ソの共同事業、共同資源調査、ロシアによる密漁・密輸出など、時代とともに漁獲の形を変えてきた。そこには外務省や海上保安庁、警察や公安、水産庁や地元自治体、暴力団やロシアのマフィアなどがからみ、綱引きを行なう。

 そして「4島一括返還」か「2島先行」かという政治問題の間隙をついて登場したのが鈴木宗男と「異能の外交官」佐藤優だった。詳述は控えるが、鈴木はたたき上げで佐藤はノンキャリアだけに、権力内での非エリートの哀しさも感じさせられる。

 ベトナム戦争からソ連のペレストロイカまで、時の国際情勢に翻弄される国境の街と海。少し硬いが、スケールの大きいノンフィクションだ。

 

 

●第23回●2005/9/20『たけしのTVタックル』テレビ朝日

 初めてテレビ番組を取り上げるが、19日放送のこの番組ほど酷悪な番組は近年なかった。何がって、自民党の次期総裁の呼び声が強い安倍晋三をゲストに迎えて出演者全員でオベンチャラ合戦をやっていたのだ。

 「月刊現代」9月号の通り、安倍と中川昭一がNHKの番組に政治介入したのは明らかで、これは政治家として致命的な大問題であるはずだ。しかし、当の朝日新聞ですら別件での報道態勢への負い目があるため全く安倍を追求せず、マスコミ他社も知らん顔。これは安倍が次期総裁候補であるからに他ならない。「総理になったらよろしくネ」ということだろう。

 同誌10月号の立花隆のレポートによると、自民党役員は「月刊現代」にテープ(記録)を流した朝日新聞に激怒し、「今後、自民党役員は朝日新聞の取材を拒否するということ」を役員会で機関決定したという。こうしたこじれを軌道修正するための「手打ち」として同じ朝日系列でこの番組が仕組まれたのではないだろうか。

 国家権力にコビを売るマスコミ諸君、芸人として毒も華もなくなったビートたけし君、失笑を買っていることを自覚するべきだ。

 

 

●第22回●2005/9/20『警察はここまで腐蝕していたのか』宮崎学編著・洋泉社

 警察官がヤクザと癒着した末にシャブ中毒になったり拳銃を横流しするといった北海道警の不祥事は記憶に新しい。曽我部司著『北海道警の冷たい夏』(寿郎社)という力作ノンフィクションもあった。

 本書は京都府警で起きた同様な事件を入口としながら、暴対法改悪によってヤクザ組織幹部の「使用者責任」を追及する全体主義的な「岡っ引き社会」に疑問を呈しているが、ヤクザの使用者責任と言われても、一般には何のこっちゃ? という反応だろう。

 警察権力が民事にまで介入してくる、あるいは自治能力の低下した国民が国家権力による管理強化を自ら望んでいる、という根本的な問題を孕んでいるようだが、宮崎学の文章の切れが悪い。むしろゲスト執筆陣である社会学者の宮台真司や、オウムや住管問題で闘う安田好弘の論述が刺激的だ。

 宮台は「利権発生装置としての法律」「週刊文春問題と司法」から年金問題まで切り込みは鋭い。選挙直後なので、「近代諸国では、再分配政策に反対するのが『右』で、賛成するのが『左』。反対するから『小さな政府』になり、賛成するから『大きな政府』になる」という記述にも目がとまった。

 安田弁護士は、中坊公平が率いた住管(住宅金融債権管理機構)の無茶苦茶や弁護士全体の堕落を憂いを込めて書き記している。「国策」に乗った中坊は一時、正義の味方としてもてはやされたが、詐欺が発覚して弁護士資格を返上して以来、マスコミではたいして糾弾されていない。やはりマスコミは国策には弱い。

 

 

●第21回●2005/9/12『実録!平成日本タブー大全』別冊宝島Real 064・宝島社

 第16回で取り上げた『日本マスコミ「臆病」の構造』の姉妹編。俎上に載せられたタブーは創価学会/天皇の発言/吉本興業と暴力団の交友/えせ同和/畜産と抗生物質/K1/サラ金広告漬けのマスコミ/等々。

 「タブー大全」と大きく出た割には本論から逸れた上っ面のB級レポートが多く、がっくり。気骨は買えども、中身がこれでは・・・。

        *           *

 衆院選で自民圧勝。アホらし。革新のフリをしながら自民党と談合してきた社会党の流れをくむ社民党が絶滅しても構わないが、辻元復活は唯一の救い。

 

 

●第20回●2005/9/5『響きと怒り』佐野眞一著・NHK出版

 佐野眞一の新刊をもう1冊。1995年の阪神淡路大震災、99年のJCO臨界事故、2000年に起きた17歳の少年による連鎖的殺人事件と雪印乳業の食中毒事件、01年のニューヨーク同時多発テロ、そして今年4月に起きたJR西日本福知山線脱線転覆事故…。本書はこの十数年に起きた事件・事故のルポルタージュ6編が収められている。

 この間、「安全神話の崩壊」という言葉が繰り返された。これらの事件・事故は現代の社会システムや人心が「劣化」してきた結果の「人災」という要素が強い。著者は「再び同じことが繰り返されるのではないか。そんな不安の連鎖ともいうべき既視感の予感を孕んでいる点で、六つの事件と事故はどれもよく似ている」という。

 阪神淡路大震災では、神戸の高級住宅街と長田区などの庶民的な街で被害の程度が冷酷なまでに異なった。最近ニューオリンズを襲ったハリケーンの被害も貧富の差をいやがうえにも感じさせるものだが、資本主義の社会だから仕方がないのか・・・。弱者を襲う災害、強者を襲う「テロ」・・・。

 各編とも読ませる。が、佐野眞一には読む側を根っこからわしづかみにして攪拌するような何かを期待してしまう。寄せ集めのオムニバスだから仕方がないか。こちらの感度が鈍いのだろうか。

 

 

●第19回●2005/9/1『阿片王』佐野眞一著・新潮社

 佐野眞一の待望の新刊。オビには「満州には、『戦後』の核心が眠っている」とある。それは阿片密売によって生み出された巨額のアングラマネーが満州および中国侵略の原動力となり、はたまた戦後日本の高度経済成長の原型が満州に見られるからだ。これも七三一部隊同様、学校では教えない戦中・戦後の裏面史だが、隠された裏面にこそ戦中・戦後の核心が存在するわけだ。

 本書の主人公である「阿片王」の里見甫は満州の邦字新聞の記者として軍人や中国の要人との人脈を築き、満州事変後は関東軍第四課の嘱託として対外宣伝と宣撫工作を担いながら、現在の電通と共同通信の母体となる満州国通信社を設立。中国の裏社会に通じた里見は軍の密命を受けて上海で阿片販売のボスとして君臨した。

 関東軍の財源は阿片に依存しており、阿片の産地を求めるように日中戦争の戦線は拡大されていった。数十万人の中国人を阿片で廃人に貶めた「20世紀の阿片戦争」でもあったわけだ。天皇も懸念していたというし国際的な非難を避けるためにも、関東軍はこうした汚れ仕事を里見甫などに任せ、憲兵や特務機関員を介在させて資金を吸い上げていった。関東軍の意を体したもう一人の汚れ役としては、大杉栄を暗殺した甘粕正彦が隠然たる権勢をふるっていたという。

 里見は阿片によって得た莫大な利益の半分を蒋介石側に、残りの半分を日本側の傀儡であった汪兆銘と関東軍に上納していたという。なんともスケールの大きな話だが、阿片マネーのもとには児玉誉士夫、笹川良一といった有象無象も群がっていた。そもそも阿片の利用価値を認識したうえで侵攻の指揮をとったのは東条英樹だし、「満州は私の作品」と豪語する岸信介は経済相としてグランドデザインを描いていたという。さらに里見の秘書役を務めた旅館の女将がラストエンペラー溥儀をかくまったというから、キャストは豪華絢爛だ。

 「満州をセピア色の世界として描かない。上海をノスタルジーの色で塗り固めない。そう自分に言い聞かせながら、この作品を書き進めた」と著者はいう。戦後60年の節目にふさわしく、刺激的で読み応えは十分。だが、既刊の『巨怪伝』『カリスマ』『旅する巨人』『東電OL殺人事件』ほどにはスケール感を感じないのはなぜだろう。脇役が目立ち過ぎ、その分、里見の描写が埋没しているためだろうか。

 

 

 

●第18回●2005/8/26『新版 悪魔の飽食』森村誠一著・角川文庫

 GHQが1947年に七三一部隊の幹部に対して現在の貨幣価値で2000万円に相当する現金を渡していたことが8月15日の新聞で報じられた。ソ連に細菌兵器に関する情報を渡さずアメリカが独占するための工作だ。

 今月『〈悪魔の飽食〉ノート』を読んだばかりなので「やはり」と思うと同時に、60年を経てようやく明るみに出る事実を前に、この問題の闇の深さを改めて感じさせられた。という訳で遅ればせながら原典を読んだ。

 七三一部隊が行なった実験の残忍さはこのコラムの第14回で一部触れたが、まるでホラー映画のようで気の弱い人は途中で本を閉じてしまうだろう。『ノート』に詳述されていない事柄では、国民が配給にあえいでいる時世にビフテキや海老の天ぷら、コーヒーやデザートが毎日の食卓を飾っていたという事実には口がアングリ。まさに「朕はたらふく食ってるぞ、汝人民飢えて死ね」の世界だ。

 食べ物はまだ可愛いかも知れない。隊長の石井四郎は夕方から新京や奉天の歓楽街にくり出し愛人や芸者と遊び惚けていたという。これらの遊興資金や蓄財の原資は軍の機密費や「死の商人」からのリベート、捕虜を連れてくる憲兵や特務機関員の「裏手数料」が充てられていたという。昔から戦争はおいしい「商売」なのだ。絶大な権力を誇った石井隊長は公金横領や今で言うノーパン・シャブシャブの先駆けだ。

 これが一部エリート軍人の紛れもない素性だ。学校の歴史教育ではこうした軍部の腐敗も教えておくべきだろう。

 先日来、小社刊『中国行軍 徒歩6500キロ』について書店や取次、一般の方々からかなりの問い合わせの電話をいただいた。ところが、若い書店員の3割ほどが書名の「行軍」が読めない。「チュウゴク」と言った後で一瞬間をおいて「ギョウグン」とのたまう。日本の歴史教育の成果だろう。「歴史認識」以前の問題で、圧倒的に知識が足りない。

 

 

●第17回●2005/8/22『日経新聞の黒い霧』大塚将司著・講談社

 日経新聞の記者による内部告発の書。イトマン、コスモ信組といったバブル企業との癒着、TCW(ティー・シー・ワークス)という子会社の粉飾決算と裏金作りなど、経営陣の乱脈ぶりを元エース記者が自戒を込めて厳しく追及したノンフィクションだ。株主総会での決起に至る後半は一気に読ませる緊張感に満ちている。

 「新聞社というのは嫉妬社会である。『協調性がない』『生意気だ』『傲慢だ』『バランス感覚がない』等々、悪い評判はいくらでも立てられる。(中略)こうして平々凡々の要領のいい記者たちが牛耳る社会が完成する。かつては新聞社は個性的、独立独歩の精神の旺盛な人間の集団だった。それが大企業になった今日では、その種の人間が刺身のツマのような存在になっている」

 新聞記者の知り合いがいる人には十分に頷ける話だろう。従順でおとなし過ぎる若い記者が多い一方で、為政者のような思考と行動をするお偉いサンがいる。どちらも「権力のチェック役」には不向きだ。

 構造的な問題はどの新聞社も大同小異だろうが、日経の場合はバブル経済の恩恵をフルに享受して「情報サービス会社」的な方向に経営の舵をきっただけに病巣はより深く大きくなったようだ。

 バブルを享受してしまい、その崩壊後も金融政策に適切な論評を加えることができずに、日本経済を10年以上泥沼に止まらせてしまった責任を著者は自分のものとしている。

 このケースと比べるべくもないセコイ話だが、私は29歳まで金融機関向けの雑誌を編集していた。1980年代後半には不動産融資を煽りもした。その決着はつけられそうもないが、ずっと背負っていかなくてはならないと思う。

 

 

●第16回●2005/8/20『日本マスコミ「臆病」の構造』ベンジャミン・フルフォード著・宝島社

 著者はアメリカの経済誌「フォーブス」の記者で日本でのジャーナリスト活動は約20年。本書は知っていながら書かない、あるいは書けない日本のメディアがどんなタブーにおびえてここまで臆病なのか、イラク人質バッシング、小泉純一郎、記者クラブ、皇室、武富士、NHK、ソニー&松下、差別、住専、ホリエモンへと話題は及ぶ。

 「政・官・業」の癒着はよく言われるが、著者はこれに「ヤクザ」を加えてこの鉄の四角形が日本を衰退させていると説く。裏支配の4番手がヤクザならば、マスコミは表支配の4番手だ。マスコミは批判的なポーズをとることはあるが、心情的には「政府」の一部であるため、決して権力側を追いつめない。自分達の既得権益も危うくなるからだ。

 「日本では、右翼の街宣車が一番真実を語っている。次が週刊誌、最低なのが新聞とNHK」という言葉はあながち冗談ではない。軽便で刺激的ではあるが、少し食い足りない1冊。

 

 

●第15回●2005/8/19『ボブ・ディラン自伝』ボブ・ディラン著・ソフトバンク・パブリッシング

 わたくしメ、ラテン音楽に宗旨変えをして十数年になりますが、その前の10年ほどはブルース、R&B、ソウルといった黒人音楽にどっぷり漬かり、さらにその前はシンガーソングライターやロックを聴いておりました。16歳から20歳ぐらいまでは、このボブ・ディランが教祖(?)だったのです。性格が曲がった田舎の高校生に「他の世界がある」ことを教えてくれたような。

 この自伝はデビュー当時を中心に1960年代後半の隠遁期、80年代後半の不振からの脱却期も含めて、「神様」とまで言われたポップスターが驚くほど率直に自らの半生を綴っています。

 デビュー前は鼻っ柱が強かったのだろうと思いきや、自身の能力に懐疑的ですらあったことは意外でした。「フォークの神様」がR&Bやジャズに造詣が深いことも意外でした。

 反戦・反体制の旗手といったレッテルに本人が当惑していたことは想定の範囲内ですが、本書で最も印象的だったのは、60年代・70年代の輝きが失われた80年代の低迷期に、自分と自分の歌をまったく価値のないものとして独白する箇所でした。そこに一時代を築いたカリスマの強弁は一切ないのです。詩人の眼は下界も自分の内面も、冷徹に見切っているのでしょうか。

 趣味の世界に深入りしそうなので、この辺でオシマイ。

 

 

●第14回●2005/8/12『〈悪魔の飽食〉ノート』森村誠一著・晩聲社

 戦争物をしつこくもう1冊。奥付によると1982年初版ながら99年15刷というロングセラー本を戦後60年フェアを行なう松本の書店で購入。

 日本陸軍が満州ハルピン南方に創設した細菌戦遂行・研究のための「七三一部隊」について、推理小説作家の森村誠一があえてノンフィクションの形で『悪魔の飽食』として刊行しているが、本書はそれと前後して発表した論文や対談をまとめたもの。

 七三一部隊は対日戦で捕虜となった中国・ソ連・モンゴル・朝鮮等の人々3000人以上に対して生きたまま細菌実験や生体解剖を行った特殊部隊で、その事実は長年闇に包まれていた。上層部は敗戦と同時に実験データ等をアメリカに提供する見返りに戦犯の訴追を免れる一方で、戦後、その研究成果を踏まえて医学界・官界・地方政界・警察畑で名をなした者が少なくないという。薬害エイズで有名なミドリ十字の幹部もその残党だ。

 馬の血液を人間に入れ替えたり、胃と腸の位置を逆転させる「イチョウ返し」の実験等々、捕虜を「マルタ」(=丸太)と呼ぶこの部隊の生体実験はまさに悪魔の所業だ。。アメリカに渡った細菌兵器のデータは朝鮮戦争で実用された疑いもあるという。

 森村誠一と同時期にアメリカで七三一部隊の実像を追ったジャーナリスト、ジョン・W・パウエルは「事実がどうであったかを克明に明らかにする」ことの重要性を強調している。

 「マッカーサーが死ぬ直前に『問題は戦争それ自体にあるのだ、戦争をなくすべきである、そうでなければいろいろな矛盾はなくならない』と、ある意味で戦争を批判した。(中略)戦争を批判しているからいいじゃないかというふうにはいえないわけです。元凶は戦争であるというまとめ方をしてしまうことによって、現実の戦争実態を明らかにしない、あるいは人びとの関心をそこへ向けようとしない。つまり、元凶は戦争だと単純化することで現実をあいまいにすることに役立っている」

 戦後60年を記念したテレビ番組を見ていると、ある種の違和感を感じる時がある。敗戦当時10代だった人たちだけに銃後の記憶を語らせて「戦争体験を云々」とするような場合だ。もちろん、一般国民の戦争体験を軽んじるつもりはないが、先の戦争が「侵略戦争」であった事実はどんどん後退していき、「単純化」が進む。

 実際に出征した人の露出が少ないのは、既に軒並み80歳を越えるという年齢的な問題もあるだろう。10年後の戦後70年には「被害を語り、加害を語らず」という傾向が否応なく強まる。そこに「新しい歴史教科書をつくる会」などが「侵攻」する素地が広がっていくだろう。

 長野県の北部ではこの夏『長野・千曲の太平洋戦争』といった豪華写真集がそれなりに売れている。これも「単純化」の一例だろう。お年寄りからかき集めた「思い出のアルバム」を8000円とか9000円で売るなよな! 

 

 

●第13回●2005/8/9『メディア裏支配』田中良紹著・講談社

 まずタイトルに期待した。そして「メディアが自らを律する厳しさを持たず、メディア同士が相互批判を行わなければ、メディアによって民主主義が揺らぐ危険性が出てくる」「ビジネスを追求すればするほど至る所に利害関係が生じ、自由な言論を展開しにくくなるのは自明である」「(メディアは)我が国だけはそれとは逆に新規参入を制約し、既得権益の肥大化と情報の集中化が進行しているのである」といった序章の文面に期待はさらに膨らんだ。これらの文言はメディアに関する本質的な問題だと思う。

 しかし、本編に入るとTBSのディレクターとして関わった田中角栄や金丸信といった政治家のエピソードに重心が移り、記者クラブ制度には言及しているものの、メディアのあり方はオマケになってしまう。後半はやはり自身が開局した「国会TV」に関連したCSだBSだケーブルテレビだといったテレビ業界の裏事情で終わる。

 未だに地上波テレビしか観ていない化石人間にとっては「あ~そ~ですか」といった感じだが、ケーブルの多チャンネル化(包括料金のベーシック・サービス)を寄ってたかってブッ潰した政治家と業界関係者はこの先どんな責任を取るのだろう。

 だが、一番言いたいことは書名に偽りあり、ということ。大手の中では良心的な講談社もアザトイなー。

●第12回●2005/8/8『松下竜一の青春』新木安利著・海鳥社

 松下竜一氏が亡くなって1年が過ぎた。尊敬や敬愛といった言葉だと何だか浮ついた感じになってしまうが、とにかく私が最も好きな作家の評伝なので取り寄せて読む。

 冒頭は気の小さな豆腐屋であった松下氏の背景や心像が丹念に描かれているが、「環境権」の章からは著者自身が一連の運動や裁判の当事者のごとく解説をしてしまっており、松下氏の評伝から大きく逸脱していく。残念。編集不在か。

 これ以上論評の仕様がない。代わりに松下竜一の代表作をいくつか記しておきたい。いずれも河出書房新社から全集として発行されているが、早晩絶版となりかねないので興味のある方は早期入手を。

●抵抗の側面・裏面を描くノンフィクション

『風成(かざなし)の女たち』…公害企業の進出に反対する漁民の記録

『砦に拠る』…ダム反対の鬼と化した伝説の人物伝

『記憶の闇』…甲山事件の免罪性を告発

『ルイズ―父に貰いし名は』…大杉栄と伊藤野枝の四女・伊藤ルイの半生

●エッセー他

『豆腐屋の四季』…豆腐屋を継いだ青年の惨めでも輝く青春の日々

『潮風の町』…現実と空想が交錯する美しい夢のような掌編

『底ぬけビンボー暮らし』…少しの哀しみと自虐を込めた偽悪的エッセー 

 

 

 

●第11回●2005/7/27『満蒙幻影傅説』森川方達著・現代書館

 二段組み638ページの大冊、本体価格が4600円なので少し迷ったが、「図書新聞」の井家上隆幸の評を信じて購入。

 サブタイトルに「『聖戦』灰滅史を旅する」、副々題(?)に「亜洲(アジア)之現場采訪『余録』抄1993~2004」とあるように、中国全土に日本軍が残してきた戦跡や傷跡を、人や風景、食物ともども10年以上にわたり追い続けた日記形式のルポルタージュだ。

 「日本軍は中国でなにをしたか」という問い、そして「前事不忘、後事之師」という教え、本書の核心はこの二点に尽きるのではないか。

 それにしても、日本軍による侵略戦争の残滓が何と多いことか。中国ではそれらが博物館や戦争遺跡、風景や記憶として世代間に確実に伝えられている。しかし、この事実を日本人は知らない。

 先の中国による日本バッシングに関する報道では「反日教育のせいだ」「人民の不満が内政に向けられるのを防ぐために日本叩きによってガス抜きをしている」という解説がなされたが、本書を読み進むほどに、けっしてそれだけではないだろう、という思いを強くする。両国の歴史認識とやらは、スタート時点からどうしようもないほど隔たりがあるのだ。

 著者は広島出身のいわゆる被爆二世だが、父親は被爆者認定を拒んだまま逝去したという。被爆者が「お上に申し訳ない」と思い込んでしまう風土、そして被爆者差別も根強く残ったという。

 だが著者は原爆被害よりも、軍都広島の毒ガス島=大久野島の毒ガス製造工場により紙幅を割いている。この毒ガスは日本国内および中国の大地に眠り続け、未だ「終戦」ではないことを知らしめる。

 長い長い取材旅は中朝国境、中ソ(ソ満)国境へも度々踏み込み、ベトナム、アフガニスタンへと分け入る。10年以上にわたり戦争の現場を踏み続けるフリー・ジャーナリストの執念に脱帽。

 

 

●第10回●2005/7/19映画『にがい涙の大地から』海南友子監督

 個人的な旅行中、旧満州で日本軍が遺棄した砲弾の被害者に遭遇した元NHKディレクターの海南氏(まだお若い!)が、遺棄兵器(毒ガス・砲弾等)に苦しむ中国の人々を描いたドキュメンタリー。

 改革開放が進んだ中国では1980年代以降、各地で都市の基盤整備が進んだが、その工事現場で日本軍が遺棄した毒ガスや砲弾が発見されることが多い。また、一般市民が庭や畑、職場で被害にあうことも少なくない。

 この映画の主人公となるリウ・ミンは1995年に父親が遺棄砲弾の事故にあい、手足を吹き飛ばされて17日後に死亡。医療保険の制度が未整備な中国にあって、一生働いても返せないほどの借金を背負ってしまった。事故当時19歳、現在27歳の彼女は笑顔を奪われた。

 被害者本人も登場する。29歳で事故にあい、失職と後遺症に苦しむ李臣(59歳)や夜毎の喘息に苦しむ医師などなど。海南監督が会っただけでも被害者は60人だというが、中国全土ではその数十倍、あるいは百数十倍以上の被害者がいるのだろう。

 日本では戦後60年にちなみ回顧企画が盛んだが、この遺棄兵器は平和な時代になろうとも、戦後100年が過ぎようとも災禍がもたらされる現在進行形の問題だ。日本政府が認定しただけでも70万発の毒ガスが今も中国の大地に眠っている。

 登場人物たちは日本政府を相手に補償を求めて提訴、一審で勝訴したものの、日本政府の控訴によって闘いは続いている。日韓の戦後補償と同様に、国交回復時の取り決めをタテに政府は補償を拒んでいるようだが、李臣が叫ぶ「正義」がどちらにあるかは明白だ。

 今月末に発行する『中国行軍 徒歩6500キロ』の著者は「くしゃみ弾」とはいえ毒ガス(赤弾)の砲手であった。こうした勇気ある証言や中国で今も続く被害に対して「なかったこと」にしようとする勢力が跋扈する昨今。これらの問題に関する日中の情報量(報道量)の差は歴然としている。問題は「歴史認識」ではなく、認識以前の「知識」であろう。

 なお、今回自主上映を主催したのは「戦後60年を問う会・まつもと」。長野市にはないウネリを感じさせられた。

 

 

●第9回●2005/7/8『歌と戦争』櫻本富雄著・アテネ書房

 戦争ものが続きます。

 戦時下、なんと3000曲以上の軍歌が作られたそうだが、その作詞作曲家、歌手、放送界などの責任を問う本だ。

 戦争の片棒を担いだ文化人たちは、戦後になってから「強要された」と弁明することが多いが、そのうちのかなりの人は自ら進んで政府・軍部のご機嫌とりに励んでいたことが明らかにされる。素知らぬ顔をして「なかったこと」にしてしまうのは日本人の得意技なのだろうか。

 北原白秋やサトウハチローをはじめ、山田耕筰、古関裕而、服部良一、古賀政男……。詳述はされていないが、長野県内の合併問題でにわかに引っ張り出された島崎藤村も、政府が募集した軍国歌謡の審査員をしていたという。

 有無を言わせぬ嵐の中で著名人は軒並みかり出されたのだから、仕方がない一面もあるだろう。しかし、それを戦後、どのように振り返ったのか、振り返らなかったのか。個別の作品は正当に評価するとしても、あまり文豪だとか巨匠などと一文化人を神格化しないことだろう。もともと、清く正しい「お文化」ほど怪しさを併せもつ。

 著者は『詩人と戦争』『文化人たちの太平洋戦争』『日本文学報国会』等々の著作があり、戦争と文化人の表現責任をライフワークにしているらしい。が、本書は羅列的な引用が多すぎて読み物としては面白味に欠ける。書評を見て「入魂の一冊か」と思ってしまっただけに残念。

 

 

●第8回●2005/7/4「月刊現代8月号」名大関・貴ノ花が遺した栄光と蹉跌

 硬い日記が続いたので、一転、スポーツネタというかワイドショーネタをひとつ。しかし、これが決して柔らかくはないのです。

 出社が世間より遅いので、朝食時にワイドショーをチラっと見かけるのだが、このところ花田家の騒動がすごかった。寡黙だった弟の貴乃花がにわかに兄を責め始めたのだった。その子細はテレビに譲るとして、なぜそうなったかを「月刊現代8月号」に武田頼政氏が書いている。

 タイトルには「修羅の真相」とあり、文中には「まるでシェークスピアの史劇を観ているようだ」とあるが、まさに血涙、骨がらみといったところ。

 八百長の噂が絶えない相撲界で、父親が創設した藤島部屋は厳しい稽古に基づく真剣勝負、いわゆるガチンコ相撲を身上としていた。父親以上に求道者といった雰囲気を漂わせていた弟の光司(貴乃花)は父親貴ノ花の生き方を理想としていたが、95年11月に兄弟が相星で優勝決定戦に持ち込まれた際、父親が光司に八百長を示唆したという。

 光司はこれによって父親であり師匠である先代への思慕の情が根底から破壊されたのだという。光司には洗脳騒動もあったが、あまりにも純な青年が寄る辺を失った場合の反転が今回の騒動の基底にあるのだろうか。

 父親は現役時代、軽量ゆえに悲壮感さえ漂う逆転相撲で相撲人気を背負った。小中学生の頃、私も熱心に見入ったものだ。教室の後ろや廊下で貴ノ花を真似てよく相撲をとった。しかし、その「各界のプリンス」の背後には「土俵の鬼」と言われた実兄の初代若乃花の存在がのしかかっていた。

 父が逝去した直後、NHKテレビが大関貴ノ花引退に際して作られた番組を再放送したが、一瞬映し出された稽古場での制裁はリンチに近いものだった。当時のテレビは大らかだったんだ。武田氏によると、親方となった父の鉄拳もすさまじいものだったという。それは貧困や過酷な暴力といった「負の要素」こそが上昇の原動力となるという大原則に拠るものだという。

 二代にわたる兄弟・親子の愛情と確執、負の要素、相撲道を極めようとしたがために軋轢を生む光司。かつての相撲ファンとして、胸苦しくなるような記事だった。

 

 

●第7回●2005/7/1『南京事件』笠原十九司著・岩波文庫

 戦争ものが続くので簡単に済ませよう。本書はいわゆる「南京大虐殺」の全体像をコンパクトにまとめている。要旨はだいたい次のようなことだ。

 1948年の極東軍事裁判までこの事件の存在が国民にはまったく知られておらず、政治的理由から公判の全記録が公刊されていないため、国民全体からも歴史学者からも事件自体が遠い存在であった。また、敗戦後はしばらくの間、国民感情としても戦争に対する被害意識の方が強く、加害問題になかなか目が向かなかったという状態が現代にまで持ち越されているようだ。南京事件の否定論(被害総数引き下げ論)はこうした下地の元にある。

 上海事変後、陸軍中央には「不拡大」の声もあったが、下克上的な風潮と功名心から、拡大派の独断専行によって南京攻略が進められ、それを天皇も追認するという構図は満州事変における関東軍の行動と同じだ。日本人は規律に従順だと言われることが少なくないが、歴史の重大な局面で命令無視や下克上が平然と行なわれているということも銘記すべきだろうか。

 凄惨な虐殺の様子もいくつか例示されている。戦場の異常な心理状態がそこまでさせたと言ってしまえばそれまでだが、いくつかの個別要因が記されている。上海事変で予想外の苦戦を強いられたため、その鬱積があったこと。本来満期除隊となる兵士が引き続き南京へとかり出されたため、いわゆる古兵(予備・後備役)の行動がひときわすさんでいたことなどだ。その点は今月発行する『中国行軍 徒歩6500キロ』のゲラからもうなづける。

  

 

●第6回●2005/6/23『図説 日中戦争』太平洋戦争研究会編・河出書房新社

 第4回で書いた私家版『召されて戦争』を小社で出版することにしたのだが、その資料として買った本。やれミッドウェーだ、ガダルカナルだとドラマチックに語られやすい太平洋戦線に関する本や満蒙開拓ものは多いが、意外なほどに日中戦争の通史をコンパクトにまとめた本は少ない。今は新書ブームだが、やはり新書でもほとんどないのが現状だ。

 敗戦時、日本軍は太平洋戦線に81万人を駐屯させていたが、中国には105万、満州を含めると172万だというから、光の当て方がいびつであることは明らかだ。

 満州事変を経て日中戦争が始まり、日本軍は南へ南へと中国国内で侵攻を続けるが、軍や政府首脳の頭の中を占めていたのは「もう1歩、大きな打撃を加えれば蒋介石は降伏するだろう」という甘い読みだったという。要するに舐めていたわけだ。さて、現代の日本人はどうか。

 先日、東条英樹の孫が韓国メディアに取材されている様子が報道ステーションで流された。孫は「侵略ではなかった」と悪びれずに言い放っていたが、そのうち安倍某あたりが「戦争なんてなかった」とでも言い出すのではないだろうか。

 なお、『召されて戦争』は『中国行軍 徒歩6500キロ』と改題して7月後半に出版する予定。50万の兵士を動員し、10万近くが戦死した大作戦の存在がほとんど知られていない。これも中国軽視の現れか。

 

 

●第5回●2005/6/13『笑う門にはチンドン屋』安達ひでや著・石風社

 闇夜に鉄砲のようなこの日記、でも、とにかく続けよう。

 なんでチンドン屋の本を、と思うでしょうが、もともとこういうサブカルチャー系の本が嫌いではないのです。主流の「お文化」にはない「サブ(傍流)」であるが故のストーリーがたまらない。真顔で「文化、文化」とのたまう「お文化屋さん」には分かんねーだろうな。もっとも、近年「サブカル」の定義がすっかり変わってしまったが。

 著者はロックバンドで成功をつかみかけたが、よくある話でその後低迷。地元福岡に戻りラジオのDJやストリートパフォーマンスを経て30歳でチンドン屋デビュー、5年目には事務所を構えて「アダチ宣伝社」の社長として十数人のスタッフを抱える。

 著者自身「チンドン屋を見たことがないままチンドン屋になった」というが、全国的にも80年代はチンドンの冬の時代で絶滅に近かったが、90年代から若手チンドン屋が参入して盛り返しつつあるらしい。そういえば私も東京にいた頃に一度見たきりだ。

 鉦の音が哀愁を放つチンドン太鼓が15万円、ちょんまげのカツラも15万円でチンドン屋も意外と元手がかかる。楽器の練習はもちろん、曲の仕込みから和服の着付けに至るまで芸の奥も深い。しかし、チンドン屋だけで食っていくのは困難らしく、アダチ宣伝社ではイベントや演奏会などへ業務を多角化しながらもチンドンにこだわっているようだ。やはり好きなんだなー。

 付録のCDにはチンドン屋定番曲が入っているが、湿った夏の空に鉦の音が縫うように広がる。これで1575円は安い。

 本書はアフガンの支援で知られる中村哲氏の著作を多く出版している福岡の石風社が版元だが、いま九州と北海道の出版社が熱い。私にとって、この数年で読んだ本のベストワンは筋ジス患者とボランティアの日常を描いた『こんな夜更けにバナナかよ』だが、同書は北海道新聞社だった。第3回で取り上げた『いただきます~』はやはり北海道の寿郎社だ。長野は乱立を極めているが・・・。

 

●第4回●2005/6/6『召されて戦争』堀啓著・私家版

 昨年のサッカー「アジアカップ」のグループリーグが中国南部の中核都市、重慶で行われた。この時、南京よりも1000キロ以上南西に位置するこの都市で、日本にあびせられた非難と罵声に多くの日本人が虚を突かれたのではないかと思う。私もその一人だ。南京付近ならまだしも、なぜこの地で、という当惑だった。

 しかし、重慶は南京陥落後の抗日の拠点であり、日本軍は数年にわたり爆撃を繰り返した。いつか本で読んだはずだが、私はすっかり忘れ去っていたのだ。日中戦争に関しては「満州」と「南京」がせいぜいで、全体像は意外と知られていない。

 本書は長野市の堀啓氏が1943年9月から敗戦まで、中国南部の鉄道を確保する「湘桂(しょうけい)作戦」に初年兵として参加した戦記だ。重慶よりもさらに南の地帯を6500キロ、全行程が徒歩だった。50キロを超える迫撃砲の砲架を担いで、夜間に敵弾をかいくぐっての行軍だ。多くが雨中の泥道だったという。

 初年兵の著者は軍隊という組織の理不尽さをイヤというほど味あわされる。それもさることながら、現地住民からの食料や生活用品の略奪、強制労働や拷問など、まさに筆舌に尽くしがたい事実を冷静に書き記している。著者の根底にあるのは戦時偏向教育への批判と平和への願いであるようだ。

 個別の事情や思いはあろうが、多くの戦争体験者が口をつぐんだまま鬼籍に入っている。そして、後の世代には「戦犯」なんてものは存在しない、と言い切る人達までいる。最近、首相の「罪を憎んで人を憎まず」という発言が大きく取り上げられたが、加害側の人間が言うべき言葉ではないだろう。

 著者の堀氏は小社が関わる雑誌「たぁくらたぁ」のメンバーの尊父であるため、この私家版を目にすることができた。しかし、他のメンバーは「ありきたりな戦記」と思ったのか、1人を除いて本書を読もうともしなかった。私たちは知っていると思っているだけで、太平洋戦争のことを何も知らないのではないか。

 

  

●第3回●2005/6/2『いただきますからはじめよう』毎日新聞北海道支社報道部編・寿郎社刊

 この2~3年で流行語となりつつある「食育(しょくいく)」。国の農政にタテをついてきた農文協が農水省や文科省と仲良くなって、両省からほぼ丸投げの形で受託し自治体や学校を巻き込みつつあるらしい。時代は変わる。

 そもそも「食育」とは食の安全や食物の選び方などを、子どもだけでなく全ての消費者を対象に教えることだが、「環境教育」と同様、大人は免罪されたまま子どもだけに押しつけて済ませているという懸念が私には強い。

 確かに小学生の1割程度が食物アレルギーで生活習慣病を抱える児童も急増しているらしいので、子どもの食環境を改善することは急務だろう。しかし、そうした事態を招いたのは今の大人たちだ。本書によると「デンマークでは、子どもを教育して大人を変えている」そうだが、こうした認識が重要なのだろうと思う。

 さて、本書は毎日新聞北海道支社の連載をベースに、小学校の管理栄養士、養護教諭、医師、食材を供給する農家、体験教育を実施するPTA、町ぐるみで地産地消に取り組む自治体などへの多様な取材や寄稿によって編まれている。

 幼稚園児への体験教育を引き受け学校給食に牛乳を供給する酪農家は「やっぱりね、ほんと不満があるんだわ、社会に対して。(中略)『続きそうですか』って聞かれましたけど、反骨の精神。自分を常に支えているのはそういう部分だよね、社会に対する」と言い切る。

 給食センター等で地場産品の利用が伸び悩むのは、農産物の数量や規格が揃わないといったことが原因だが、地産地消が軌道に乗る山形県藤島町では、「地場産の農産物の使用が順調に増えていったのは、町の施策として位置付け、関係者が共通認識を持って取り組んだことが大きな要因のようです」という。

 やはり、経済原則に反する地産地消を実現するには、個の踏ん張りと自治体の調整機能が欠かせないのだろう。

 なお、小社が発売元となる雑誌「たぁくらたぁ」第5号の特集は「給食は世界を変える」だが、創刊以来、最も充実した内容となっている。この特集を母体として年末頃にブックレットを発行する予定。

●第2回●2005/5/28 映画『Ray』

 『Ray』は昨年亡くなったリズム&ブルース歌手レイ・チャールズの伝記映画で、今年のアカデミー賞の主演男優賞と音響賞を受賞した作品。レイ・チャールズはブルースとゴスペルを融合させ、そこにジャズやカントリー、はたまたラテンの要素も取り入れて独自のR&B(リズム&ブルース)を築き、ソウルミュージックの原型を示した人だ。

 人種差別が色濃く残る1930年代のアメリカ南部で生まれ育ち、その少年期に失明した男が、「盲目の黒人」という二重の負荷を背負いながらも音楽界でスターに登りつめていく過程をこの映画は追っている。「盲目であっても、ほどこしは受けるな。自立しなさい」という母親の教え、少年期に一緒に遊んでいた最中に兄弟を亡くしたことへの自責、スターに付き物のドラッグと女、そして家族といった事柄を横糸としながら、レイの率直な人柄、音楽的な変遷と業績が描かれる。

 私は典型的なハリウッド映画には興味がないのだが、音楽ファンでなくても引きつけてしまうこの脚本の力量はさすが。生前、レイ本人が内容を監修したそうだが、麻薬の常習とその克服、音楽業界の裏事情、女性関係などの悩ましい部分も、かなり明け透けに描かれている。人種差別にレイが反対の意志を表明したために公演が閉め出されていたジョージア州の議会から正式な謝罪がなされ、「ジョージア・オン・マイ・マインド」が州歌に指定されるラストシーンは涙、涙。

 大手レコード会社のABCへ移籍して以降は、より多くの聴衆を対象とするためフランク・シナトラっぽい大味・大家路線となっていたため、私は初期のレコードしか持っていない。桑田の「いとしのエリー」をカバーしたためか、1980年代後半には毎年東京でクリスマスコンサートが開かれて、すっかり「おしゃれなレイ」になってしまって複雑な思いだった。

 しかし、ライブでは後年も黒人音楽の猥雑さを爆発させていた。20年ほど前、心を震わせながら見た中野サンプラザでの彼のライブは忘れられない。ジェームス・ブラウンの鋼鉄ソウルもすごかったが。

 ちなみにこの映画の日本語字幕は友人の石田泰子さんだった。黒人音楽ファンには、やはり彼女の翻訳による名著『Mr. Soul サム・クック』(ブルース・インターアクションズ刊)をお勧め。レイと同時期に黒人音楽を変革させた先駆者の「哀しみ」が丹念に描かれている。今夜は久々にレイ・チャールズのアトランティック盤を聞こう。

 

●第1回●2005/5/27『暗黒日記』清沢冽著・岩波文庫

 「ドク書日記」の第1回が『暗黒日記』というのは、まったくの偶然。いや、必然かな。今年は戦後60年なのだから。

 長野県南安曇郡出身の清沢冽は内村鑑三の弟子の井口喜源治がひらいた「研成義塾」で学んだ後に渡米、帰国後に日米関係・外交政策を軸にジャーナリスト・外交評論家として身を立てる。

 清沢の自由主義と反戦平和の思想は、交遊を深めた東洋経済新報の石橋湛山と並んで戦時下における希有な存在だった。本書は戦後に日本現代史を書くための備忘録として戦時下の1942年から1945年まで書き続けた日記だが、清沢は45年5月に肺炎がもとで55歳で急逝している。

 本書では、時の首相、東条英樹の無能ぶりと暴走、官僚政治の限界、言論の不自由、知識人やマスコミのテイタラク、国民の無知が繰り返し訴えられる。空襲が頻繁となり戦局が厳しさを増す1945年元旦の日記には次のようにある。

 「日本で最大の不自由は、国際問題において、対手(あいて)の立場を説明することができない一事だ。日本には自分の立場しかない。この心的態度をかえる教育をしなければ、日本は断じて世界一等国となることはできぬ。総ての問題はここから出発しなくてはならぬ」

 同年2月15日には「教育の失敗だ。理想と、教養なく、ただ『技術』だけを習得した結果だ」とある。不幸にも歴史は繰り返すというが、現在の中国との軋轢も、まさにここに原因があるのだろう。

 なお、戦時下のジャーナリズムという点で長野県では桐生悠々が過大に評価されているが、これについては別の機会に書いてみたい。

 

●前口上●2005/5/25 ドク書日記 開始の弁

 インターネットは既成の情報発信や販売流通の枠組みを逆転させる場でもあると言われてきた。小さくて資金力がなくても特徴があればネットで広まるというわけだ。取次会社から実質的に排除された地方出版社にとって、ネットは販路拡大の有力なツールのはずだった。

 そんな願いを込めて小社がホームページを開設(「立ち上げ」という流行語に違和感を感じるので使わない)したのは2000年の初め。金がないから各ページを自作。サーバーはプロバイダーの間借りで、維持費は月額わずか840円也。安いのはいいが、検索しても低位のままで、アクセスや注文は伸び悩みの状態が続いた。

 これではイカン、という訳で来月には独自ドメインを取得してある程度の経費はかける予定だ。はたして効果はあるだろうか。それに伴い、味けないホームページに多少の彩りを添えるためにコラム欄でも作ろうと思った。

 さて、何を書こう――。誰と会った、あれを食った、というような日記は書きたくない。いや、書けない。出版社なのだし、「読(毒)書日記」なら書けるかな、と思った次第。

 貧弱な読書の履歴を公開するのは、ちょっと気恥ずかしいけれど、まぁ、いいか。以後、読了日に書き加えていく予定です。書けるかなー、いや、読めるかなー。たまには音楽や映画も取り上げよう。では。

 

 

(c)このホームページの著作権は川辺書林に帰属します。